「なぜ自分ばかり嫌なことが起きるのだろう」
「運命は生まれつき決まっているのだろうか」
このような疑問を持ったことはないでしょうか。
仏教では、人生は偶然や運だけで決まるものではなく、「因・縁・果」の法則によって成り立っていると教えられます。
因・縁・果とは
仏教では、結果には必ず原因があると説かれます。
・因・・・自分の行い(原因)
・縁・・・家庭・会社・友人・社会・政治など、自分を取り巻く環境や条件
・果・・・その結果として現れる運命や人生
たとえば、努力するという「因」があっても、それを生かせる環境という「縁」がなければ、思うような結果につながらないこともあります。
反対に、善い環境に恵まれていても、自分が努力しなければ善い結果は得られません。
つまり、善い「因」と善い「縁」がそろって、初めて善い「果」が実るのです。
因果の道理について詳しくはこちら

自因自果とは
仏教には「自因自果(じいんじか)」という言葉があります。
これは、
「自分が行ったことは、すべて自分に返ってくる」
という意味です。
誰かが自分の人生を決めるのではなく、自分の行いが未来をつくっていくという教えです。
だからこそ、今日の小さな行動の積み重ねが、将来の運命を大きく左右します。
仏教が戒める三つの悪い心
では、どのような行いに気をつければよいのでしょうか。
仏教では、人を苦しめる根本の心として三毒の煩悩を教えています。
貪欲(とんよく)
「なければ欲しい」「あればあったでもっと欲しい」と限りなく求め続ける心です。
物やお金だけでなく、名誉や評価、人からの承認を求め続ける心も貪欲に含まれます。
瞋恚(しんに)
思い通りにならないときに起こる怒りや腹立ちの心です。
怒りは自分自身を苦しめるだけでなく、人間関係を壊す原因にもなります。
愚痴(ぐち)
仏教でいう愚痴とは、単なる不平不満ではありません。
うまくいっている人をねたみ、そねみ、憎む心を指します。
この三つの心は、自分にも周りにも悪い結果をもたらす原因となります。
三毒の煩悩はなくならない

人間関係も因果の法則で考える
人間関係で問題が起こると、
「相手が100%悪い」
と思ってしまうことがあります。
しかし仏教では、
自分が100%正しく、相手が100%悪いということは、絶対にない
と教えられます。
多くの日常のトラブルは、お互いの言葉や態度、受け取り方など、さまざまな「因」と「縁」が重なって問題が起きています。
相手だけを責めるのではなく、自分自身の行いや心を振り返ることが、より良い人間関係への第一歩となるのです。
人生を他人のせいにしないために

まとめ|善い運命は善い因から始まる
仏教の因果応報は、「運命は決まっている」という教えではありません。
今この瞬間の行いが未来をつくるという希望の教えです。
善い行いという「因」を積み重ね、善い環境という「縁」を大切にすれば、善い「果」は少しずつ実っていきます。
感想
何か悪いことが起きたとき、あいつのせいだと思ってしまうことがよくあります。しかし仏教では自因自果と教えられる。自分の行いと縁をよく見つめなければならないとわかりました。
人はもっともっと欲しいという心があるために、それを邪魔されたとき怒りが湧いてきます。もっともっと欲しいという心があるために、人から妬まれたり憎まれたりすることもあります。貪欲、瞋恚、愚痴の心があることを知り、自因自果であることを深く理解することが大事だと思いました。
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