「もっとお金に恵まれたい」
そう思ったとき、多くの人は「どうすれば自分が得をできるか」を考えます。
できるだけ安く買って、高く売る。できるだけ自分の取り分を増やす。損をしないように行動する。
もちろん、商売では利益を出すことが必要です。しかし、自分の利益ばかりを追いかけていると、かえって人が離れてしまうことがあります。
反対に、目先では少し損をしているように見えても、
「どうすれば相手に喜んでもらえるだろう」
と考えて行動する人には、人やお金が集まってくる。
これは仏教で説かれる「自利利他」の考え方にも通じています。
仙厓和尚が商人に教えた「そろばん」の話
江戸時代、九州・博多に仙厓という禅僧がいました。
当時の博多は商業が盛んな町で、多くの商人が仙厓の話を聞きに訪れたといわれます。
仙厓は大福とそろばんの絵に、次のような言葉を添えました。
手もとを上ぐれば向こうにゆく
手もとを下ぐればこちらにくる
わするな、わするな
そろばんを思い浮かべてみてください。
自分の手元を上げれば、そろばんの玉は向こうへ行きます。反対に向こう側を上げれば、玉はこちらへやってきます。
商売も同じだということです。
「自分が儲けたい」
「もっと自分の取り分を増やしたい」
と自分の利益ばかり考えていると、お客さんの心は次第に離れていきます。
反対に、
「どうすればお客さんに喜んでもらえるだろう」
「どうすればもっと役に立てるだろう」
と相手を喜ばせることを考える。
するとお客さんが集まり、結果として自分も恵まれるようになっていきます。
自利利他とは「人を幸せにすることが自分の幸せになる」こと
これは仏教の「自利利他」に通じる精神です。
自利とは、自分が利益や幸せを得ること。利他とは、他人を利益し、幸せにすることです。
大切なのは、
「自分が幸せになれば、他人はどうなってもいい」
ではないということです。
人を幸せにすることが、めぐりめぐって自分の幸せにもつながっていく。
自分だけが得をしようとするのではなく、自分も相手も幸せになる道を求める。それが自利利他の生き方です。
人間関係でも「自分を上げる」と人は離れていく
この考え方は商売だけではありません。
人間関係にも当てはまります。
「俺はこんなに頑張っているのに、みんなはサボってばかりいる」
そうやって自分を上げ、相手を下げていると、人の心は離れていきます。
反対に、
「自分が気づいていないところで、みんなに支えてもらっている」
「周りの人が我慢してくれているから、自分はやっていける」
と思える人には、人が集まってきます。
夫婦関係でも同じです。
夫が、
「俺はこんなに頑張っているのに、お前は何もしていない」
という態度を取っていれば、妻の心は離れていくでしょう。
上司と部下も同じです。
「俺がこれだけ苦労しているのに、部下は楽ばかりしている」
と思っている上司と、
「部下が頑張ってくれたから、仕事がうまくいった」
と思える上司。
どちらについていきたいと思うでしょうか。
人は、自分を認めてくれる人、与えてくれる人のところに集まるものです。
人や運が離れていく人の特徴

お金に恵まれる人は「少し損をする」
作家・陶芸家として活動してきた北川八郎さんは、著書『繁栄の法則』の中で、「与える」ことについて興味深い考え方を示しています。
それが、
「少し損をして生きる」
という発想です。
私たちは普通、損をしたくありません。
できるだけ多くもらいたい。できるだけ自分の取り分を増やしたい。
しかし、あえて少しだけ自分の取り分を減らして、相手に与えてみる。
時間を与える。知識を与える。親切をする。相手が喜ぶことをする。
目先だけを見れば、自分が少し損をしているように見えます。
ところが長い目で見ると、そのような人ほど周囲から信頼され、人にも恵まれ、結果としてお金にも恵まれやすくなります。
与えた相手から返ってこなくてもいい
ここで大切なのは、
「これだけしてあげたのだから返してほしい」
と思わないことです。
自分がAさんに親切にしたからといって、必ずAさんから返ってくるとは限りません。
しかし、Aさんにした親切が別の縁につながり、思いもしなかったBさんやCさんから助けられることもあります。
だから、
「この人に与えても自分には何も返ってこない」
と考える必要はありません。
与えたものが、そのまま同じ形で返ってくるとは限らないからです。
与える人が幸せになれるとは

与えれば貧しくなるのか
「人に与えてばかりいたら、自分が貧しくなってしまうのではないか」
そう思う人もいるでしょう。
たとえば、自分がリンゴを5個持っているとします。
そのうち2個を人に与えれば、自分に残るのは3個です。
目先の計算だけなら損をしています。
しかし、その人との間に信頼が生まれたり、その姿を見ていた別の人が助けてくれたりすれば、将来6個のリンゴになって返ってくるかもしれません。
もちろん、「与えれば必ずお金が増える」という単純な投資話ではありません。
重要なのは、与える生き方によって信頼や縁が生まれ、その信頼や縁が長い人生の中で自分を支える力になるということです。
これが「自利利他」を現実の生活で考える一つの方法です。
欲のためなら使えるのに、人のためには惜しくなる
私たちは自分の欲のためなら、意外と簡単にお金を使えます。
欲しかった服、趣味、旅行、おいしい食事などには何万円も使える。
ところが、人のためにお金を使うとなると急に惜しくなることがあります。
自分のために使うお金と、人を喜ばせるために使うお金。
どちらも同じお金ですが、心の働きはまったく違います。
だからこそ仏教では、人に与える「布施」が大切な行いとして教えられているのです。
商売で成功する人は「客を喜ばせること」を考える
ビジネスで考えると、さらに分かりやすいでしょう。
ここに二つのレストランがあるとします。
一つ目の店の経営者は、
「どうすればもっと儲かるだろう」
「できるだけ原価を下げたい」
「客単価をもっと上げたい」
と、自分の利益ばかり考えています。
もう一つの店の経営者は、
「自分の料理を食べて喜んでもらいたい」
「また来たいと思ってもらえる店にしたい」
「お客さんの笑顔を見るのがうれしい」
と考えています。
あなたなら、どちらの店に行きたいでしょうか。
お客さんは意外と敏感です。
「この店は金儲けしか考えていない」
と感じれば離れていきます。
反対に、
「この店は自分たちを喜ばせようとしてくれている」
と感じれば、また行きたくなります。
そしてリピーターになり、人にも紹介するでしょう。
結果として、お客さんを喜ばせることを考えていた店のほうが繁盛していきます。
「ありがとう」という言葉は人を幸せにする力がある

お金に恵まれる人は「どうすれば与えられるか」を考える
お金に恵まれる人の共通思考は、単に「お金が欲しい」と考えることではありません。
「自分は相手に何を与えられるだろう」
と考えることです。
自分だけが得をしようとすれば、人は離れていく。
少し自分を下げて、少し自分の取り分を減らして、相手を喜ばせる。
すると信頼が生まれ、人が集まり、仕事が集まり、めぐりめぐって自分も恵まれるようになる。
仙厓和尚のそろばんの教えは、現代の仕事や人間関係にも通じます。
手もとを上げれば、向こうに行く。
手もとを下げれば、こちらに来る。
自分が得をすることばかり考えるのではなく、「今日は誰に何を与えられるだろう」と考えてみる。
「少し損をする」くらいの気持ちで人に与えることが、長い目で見れば自分を豊かにしていくのではないでしょうか。
感想
お金や人に恵まれる人というのは相手に与えることができている人。相手を尊重し、感謝できることが大事だとわかりました。仏教で教えられる自利利他の精神を実践することが、幸せになるために必要なことです。また、与えた人から返ってこなくても、回り回って必ず返ってくるということを知っているだけで心に安心を得られます。
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