「君は常に君そのものを生きている」人生を他人のせいにしない自因自果の教え

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「会社のせいで、やりたいことができない」

「夫のせいで、こんな人生になってしまった」

「妻が分かってくれない」

「子供が思い通りに動いてくれない」

人生がうまくいかないとき、私たちはその原因を他人や環境に求めたくなります。

しかし、本当に私たちの人生は、誰かによって決められているのでしょうか。

今回は、ソクラテスと一組の夫婦の会話を通して、「自分の人生を生きるとはどういうことか」を考えてみたいと思います。

そして最後に、仏教で説かれる「自因自果」という考え方から人生を見つめてみましょう。

目次

「会社のせいで好きなことができない」という夫

あるところに、会社員の夫と妻がいました。

夫は会社に対して不平不満を抱えています。

「上司が好きなことをやらせてくれない」

「無理難題ばかり言ってくる」

毎日疲れて帰宅するので、家では妻と話す気力もありません。

ところが妻も、そんな夫に不満を持っています。

夫婦がお互いに不満をぶつけ合っているところへ、ソクラテスが現れます。

ソクラテスは夫に言いました。

「彼女が文句ばかり言うのは、君が文句ばかり言うからだよ」

夫は反論します。

「私は妻に文句なんて言っていませんよ」

するとソクラテスは、

「飯、風呂、寝る。それくらいしか言わないだろう。それでは文句の一つも言いたくなるだろうさ」

と言います。

夫は仕事で疲れている。

会社でも好きなことができない。

だから家では静かに休みたい。

夫には夫の言い分があります。

そこでソクラテスは言います。

「それなら会社を辞めてしまえばいいじゃないか」

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会社を辞める自由も自分にある

夫は呆れて答えます。

「そんな簡単に言わないでください。あなたは自由な身だから、そんなことが言えるんです」

しかし、ソクラテスの考えは違います。

会社にいるから好きなことができないというのなら、会社を辞めるという選択肢もある。

会社に残るのも自分。

会社を辞めるのも自分。

夫は言います。

「会社を辞めたら、家族を誰が養うんですか」

ソクラテスは、

「それは君が責任を持って養うのが当然じゃないか」

と答えます。

夫はさらに反論します。

「それが大変なんですよ。自分一人ならともかく、家族を養っていくのは並大抵のことではありません」

するとソクラテスは、極端なことを言います。

「それなら家族を捨ててしまえばいいじゃないか」

当然、夫は呆れてしまいます。

しかし、ここからがソクラテスの言いたいことです。

結局、自分が選んでいる

所帯を持ったのは誰でしょうか。

結婚しないという選択肢もあったのに、結婚することを選んだ。

子供を持たないという人生もあったのに、子供を持つ人生を選んだ。

そして現在も、

「会社を辞める」

「家族と別れる」

という選択をせず、会社で働きながら家族を養う人生を選び続けています。

もちろん現実には、経済的事情や責任、人間関係などがあり、何でも簡単に選べるわけではありません。

それでも最後に、

「この道を進む」

と決めているのは自分です。

ソクラテスが言いたかったのは、

「君の人生は、誰かに完全に奪われているわけではない。今の人生もまた、君が選択を積み重ねてきた結果ではないか」

ということなのでしょう。

「夫のせいで人生がこうなった」という妻

次にソクラテスは妻と話します。

妻は言います。

「どうして今の夫と結婚してしまったんだろう。違う人と結婚していたら、もっと人生が開けていたかもしれない。私は運が悪かった」

するとソクラテスは言います。

「そんなに嫌なら別れてしまえばいいじゃないか」

妻は答えます。

「そんなこと言ったって、簡単にはできません」

そこでソクラテスは問いかけます。

「嫌だ嫌だと言っている人は、一体誰の人生を生きているんだろう」

夫を選んだのも自分。

子供を持ったのも自分。

そして現在、その生活を続けているのも自分です。

ここで出てくるのが、

「君は常に君そのものを生きている」

という考え方です。

自分の人生を夫が代わりに生きているわけではありません。

妻が夫の人生を生きることもできません。

どんな環境に置かれていても、最後に自分の人生を生きるのは自分なのです。

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子供が思い通りにならないのは当たり前

妻にはもう一つ不満がありました。

「子供が私の思うように動いてくれない」

それに対してソクラテスは言います。

「当たり前だよ。彼らは君じゃないんだから」

これは人間関係において、とても大切なことです。

自分が自分の意思によって行動するように、相手も相手の意思によって行動しています。

夫には夫の人生がある。

妻には妻の人生がある。

子供には子供の人生がある。

だから、

「どうして私の思った通りにしてくれないんだ」

と苦しんでも、そもそも他人が自分の思い通りにならないのは当然なのです。

変えられるのは、まず自分の行動です。

「嫌だ」と言いながら、なぜ続けているのか

ソクラテスは夫婦に厳しい問いを投げかけます。

「嫌だ嫌だと言う人は、本当はそれを選んでいるんだ」

これは、「嫌なことでも我慢しろ」という意味ではありません。

嫌なら辞めるという選択肢もある。

しかし、辞めることで失うものもある。

会社を辞めれば収入を失うかもしれない。

離婚すれば生活が大きく変わるかもしれない。

人間はさまざまな条件を考えたうえで、

「大変だけれど、今はこの道を選ぶ」

と判断しています。

つまり、

「会社は嫌だけれど、家族を養うために働く」

というのも一つの選択です。

そう考えると、

「会社のせいで仕方なく働かされている」

から、

「私は家族を養うために、この会社で働くことを選んでいる」

へと人生の見え方が変わってきます。

同じ行動でも、自分の人生に対する受け止め方は大きく変わります。

仏教で説かれる「自因自果」とは

ここから仏教の視点で考えてみましょう。

仏教では、自分の行いが自分の結果を生み出すことを自因自果といいます。

反対に、

「自分がこうなったのは、あの人のせいだ」

と、自分の結果の原因を他人だけに求める考え方を他因自果と表現することがあります。

夫は、

「会社のせいだ」

「上司のせいだ」

「妻のせいだ」

と思っていました。

妻も、

「夫のせいでこんな人生になった」

「子供が言うことを聞かないから苦しい」

と思っています。

しかし、仏教では自分の行いと自分の受ける結果との関係に目を向けます。

因と縁がそろって結果が生まれる

ただし、「すべて自分のせいだ」と単純に考えるのも、仏教の因果の見方とは少し違います。

仏教では、因と縁がそろって果が生じると説かれます。

「因」は、自分の行い。

「縁」は、その行いを取り巻くさまざまな条件です。

たとえば、

  • 上司
  • 会社
  • 夫や妻
  • 子供
  • 友人
  • お金
  • 社会
  • 時代
  • 周囲の環境

などは、自分にとって「縁」になります。

自分一人だけで人生のすべてが決まるわけではありません。

しかし、縁だけで自分の人生が決まるわけでもありません。

自分の行いという「因」と、周囲の環境という「縁」が結びついて、「果」という結果が生じる。

これが因縁果の考え方です。

だから大切なのは、嫌なことが起きたときに、

「あいつのせいだ」

「環境が悪いからだ」

だけで終わらせないことです。

「では、自分はこれからどうするのか」

と、自分の行いに目を向けることです。

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他人は変えられなくても、自分の「因」は変えられる

上司を思い通りに変えることはできません。

夫や妻を完全に自分好みの人間にすることもできません。

子供を自分の意思通りに動かすこともできません。

他人は「縁」であり、自分には完全には支配できないものです。

しかし、

「その人に対して自分はどう接するのか」

「今の環境で何をするのか」

「このまま続けるのか、それとも違う道へ進むのか」

という自分の行いは選ぶことができます。

だからこそ、自因自果という教えは、単なる自己責任論ではありません。

他人を責め続けるのではなく、自分に変えられるものへ目を向ける教えと受け取ることができます。

君は常に君そのものを生きている

人生には、自分の思い通りにならないことがたくさんあります。

嫌な上司に出会うこともある。

夫婦関係がうまくいかないこともある。

子供が期待通りに育たないこともあるでしょう。

しかし、その状況の中で、

「自分はどうするのか」

を決めていくのは自分です。

会社を続けるのか。

辞めるのか。

夫婦関係を改善するのか。

別の道を選ぶのか。

相手を責め続けるのか。

自分の行動を変えるのか。

自分ではどうにもならない「縁」はあります。

それでも、自分がどんな「因」をつくっていくのかは変えることができます。

「誰かのせいで、こんな人生になった」

と思ったときこそ、一度立ち止まって考えてみたいものです。

私はこれから、どんな行いを選ぶのか。

人生は他人のものではありません。

夫には夫の人生があり、妻には妻の人生があり、子供には子供の人生があります。

そして、

君は常に、君そのものを生きているのです。

感想

人生はすべて自分の意思と決断でできてる。たとえ誰かのせいで今の自分が不幸だとしてもそれを選んだ自分に責任があるという。これはとても厳しい考え方だと思いました。

自分が不幸なときに自分の行動が悪かったと素直に思えないからです。どうしても人のせいにしてしまう。でも人のせいにしていたら自分の行動は変らないし、行動が変わらなければ運命も変わらない。逆にいえば、自分の行動次第でいくらでも運命は変えることができると思います。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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