「なぜ、同じ人間なのに生まれつきこんなに差があるのだろう」
人生について考えていると、そんな疑問を持つことがあります。
現代では「人間はみな平等である」という考え方が大切にされています。人種や性別、出身などによって人間の価値に優劣があるわけではありません。
しかし一方で、私たちが生まれながらに持っている条件は決して同じではありません。
裕福な家庭に生まれる人もいれば、貧しい家庭に生まれる人もいます。健康や能力、容姿、家庭環境などにも一人ひとり大きな違いがあります。
では、なぜ生まれつきの運命にはこれほど違いがあるのでしょうか。
仏教では、この問題を考えるうえで**「三世因果の道理」**が説かれています。
人間は平等でも、運命は同じではない
人間としての価値は平等でも、人生の条件まで平等とは限りません。
生まれる国や時代、家庭環境によっても人生は大きく変わります。
生まれながら裕福な家庭で何不自由なく育つ人もいれば、幼い頃から経済的な苦労を経験する人もいます。
能力についても同じです。
勉強が得意な人もいれば、スポーツや芸術に優れた才能を持つ人もいます。
このように、昔からいわれる賢愚・美醜・強弱・貧富など、人によって持って生まれたものには大きな違いがあります。
一人として、まったく同じ条件で人生をスタートする人はいません。
努力すれば必ず報われるとは限らない
もちろん、人生をより良くするために努力することは大切です。
しかし現実には、
「一生懸命頑張ったのに報われなかった」
「真面目に働いているのに生活が苦しい」
「努力していないように見える人のほうが成功している」
ということもあります。
善い人だから必ず恵まれた人生になるとも限りませんし、悪いことをした人がすぐ不幸になるとも限りません。
すると、
「どうせ努力しても無駄だ」
「人生は運で決まっている」
と自暴自棄になったり、諦めてしまったりすることがあります。
あるいは、
「あの人のせいで自分は不幸になった」
と誰かを恨む人生になってしまうこともあります。
しかし仏教では、人生を単純な「運がいい」「運が悪い」だけでは見ません。
人生を他人のせいにしない生き方

「運がいい・悪い」は何によって決まるのか
どこの国に生まれたのか。
どんな家庭に生まれたのか。
どの時代に生まれたのか。
こうした条件によって人生は大きく変わります。
私たちは説明できない出来事に出会うと、
「運がよかった」
「運が悪かった」
といいます。
しかし、そもそもその「運」は何によって決まったのでしょうか。
幸せなときには、あまり自分の運命について考えないものです。
ところが苦しいことが続くと、
「なぜ自分だけこんな目に遭うのだろう」
「なぜ自分はこのような人生なのだろう」
と考えずにはいられなくなります。
そこで仏教が説くのが、因果の道理です。
因果の道理についてはこちらも

仏教が説く「三世因果の道理」とは
仏教では、因果の道理は現在の人生だけに限られるものではなく、過去・現在・未来の三世にわたると説かれます。
これを三世因果の道理といいます。
三世とは、
- 過去世……生まれる前の世界
- 現在世……生まれてから死ぬまで
- 未来世……死んだあとの世界
の三つです。
私たちは現在の人生だけを見ると、
「何も悪いことをしていないのに、なぜこんな苦しい目に遭うのか」
「なぜあの人ばかり恵まれているのか」
と疑問に感じることがあります。
仏教では、現在の結果には過去のさまざまな因縁が関係していると説かれます。
つまり、現在だけを切り取って原因と結果を考えるのではなく、三世という大きな時間の流れの中で因果を見るのが三世因果の考え方です。
すべての原因を人間が知ることはできない
ただし、
「この苦しみは過去世で○○をしたからだ」
などと、私たちが具体的に断定できるわけではありません。
人間の智慧には限界があり、現在起きている一つの出来事についても、そのすべての原因や条件を知ることはできないからです。
大切なのは、三世因果を使って他人の不幸を裁くことではありません。
むしろ、自分の人生を振り返り、
「これからどんな因をまいていくのか」
と考えるところに意味があります。
生まれつきの運命だけで人生のすべては決まらない
生まれた家庭や能力など、自分では選べなかった条件は確かにあります。
しかし、だからといって、
「生まれつき運が悪いから、何をしても無駄だ」
と仏教が教えているわけではありません。
因果の道理からいえば、未来の運命には現在の行いが関係していきます。
過去そのものを変えることはできなくても、今からどんな行いをするかは変えることができます。
人に親切をする。
努力を積み重ねる。
約束を守る。
困っている人を助ける。
怒りに任せて人を傷つけない。
こうした一つ一つの行いが、未来へ向けてまく「因」になっていきます。
人生を変えるためには小さな継続が大切

まとめ|運命を嘆くより、これからの因を変えていく
人生には、生まれながらの違いがあります。
「なぜ自分はこのような人生なのか」
と疑問を持つこともあるでしょう。
仏教では、人生を現在だけで見るのではなく、過去・現在・未来にわたる三世因果の道理によって見つめます。
そして因果の道理は、単なる運命論や諦めの教えではありません。
大切なのは、
過去を嘆き続けることではなく、未来のために今どんな因をまくか。
生まれつきの条件をすべて選ぶことはできなくても、今日の行いは選ぶことができます。
その一つ一つの行いを大切にしていくことが、これからの人生をより良い方向へ変えていく第一歩なのです。
感想
自分の人生の現在の状態は、過去の自分の行いによって決まったものだと仏教では教えられます。しかし、過去の自分の行いはほとんど忘れているため、どの行いが結果となったかはわかりません。人間の智慧ではわからないことです。
仏教の因果の道理を聞くと、自分の運命に対して前向きに捉えられ、行動を変えていこうという気持ちになります。
コメント