「どう生きるか」より「なぜ生きるか」——仏教が教える人生の目的

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私たちは普段、「どう生きるか」ということを考えて生きています。


どんな仕事をするのか。

どこに住むのか。

いくらお金を稼ぐのか。

どうすれば健康でいられるのか。

どんな人と結婚するのか。

家族とどう付き合っていくのか。


これらは、どれも人生を生きていくうえで大切な問題です。

しかし、仏教では、、それだけではなく、もっと根本的な問題を問いかけます。

それが、

「なぜ生きるのか」

という問題でです。

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「どう生きるか」と「なぜ生きるか」

「どう生きるか」とは、人生を生きていくための手段の問題です。

たとえば、

・どんな仕事をするのか

・どれくらいお金を稼ぐのか

・どこに住むのか

・どうすれば健康になれるのか

・どんな人間関係を築くのか

といった問題です。

私たちが生活するためには、お金が必要です。

家に住むにもお金がかかります。

食事をするにもお金がかかります。

病気になれば医療費が必要になります。

そのため、「どうすればお金を稼げるのか」「どうすれば健康でいられるのか」と考えることは当然です。

人とのつながりも大切です。

家族や友人、恋人など、誰かとの絆があることで人生に喜びを感じることもあります。

つまり、「どう生きるか」を考えることは、決して間違いではありません。

しかし、ここで一つの問題が出てきます。

「それでは、何のために生きるのか?」

という問題です。

お金を稼ぐ。

健康になる。

家族をつくる。

仕事を頑張る。

これらは「どう生きるか」の答えにはなります。

しかし、

「何のために生きるのですか?」

と問われたとき、私たちはすぐに答えられるでしょうか。

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「なぜ生きるのか」という人生最大の問い

「なぜ生きるのか」とは、

「私は何のために生まれてきたのか」

「何のために生きているのか」

「なぜ苦しいことがあっても生きていかなければならないのか」

という問いです。

人生には、楽しいことだけではありません。

病気になることもあります。

仕事がうまくいかないこともあります。

お金に困ることもあります。

人間関係で傷つくこともあります。

愛する人との別れを経験することもあります。

そして最後には、誰もが死を迎えます。

それでも私たちは、生きていかなければなりません。

では、

「なぜ生きるのか?」

そこに明確な答えはあるでしょうか。

この根本的な問いを問題にしたのが、仏教という教えです。

仏教は「なぜ生きる」を問題にする

仏教というと、

「お寺に行くもの」

「お経を読むもの」

「死んだ人のためのもの」

と思われることがあります。

しかし、仏教が本当に問題にしているのは、私たち自身の人生です。

「人は何のために生きるのか」

という、人生の根本問題です。

私たちは、いつか必ず死にます。

それなのに、なぜ生きるのでしょうか。

なぜ苦しいことがあっても、頑張って生きていかなければならないのでしょうか。

人生には、「どうすれば幸せになれるか」という問題だけではなく、その前に、

「そもそも、何のために生きるのか」

という問題があります。

仏教は、この問いから目をそらさず、人間の生きる意味を深く見つめてきた教えなのです。

「なぜ生きるなんて考える必要がない」という人もいる

「なぜ生きるかなんて考える必要はない」

そう思う人もいるでしょう。

「そんなことを考えている暇があったら仕事をしなければならない」

「お金を稼がなければ生活できない」

「健康を維持しなければならない」

「家族を守らなければならない」

確かに、その通りです。

私たちは毎日の生活に追われています。

朝起きて、仕事に行き、帰宅し、食事をして、眠る。

休日になれば買い物をしたり、趣味を楽しんだりする。

そうして毎日を過ごしているうちに、いつの間にか年月が過ぎていきます。

「なぜ生きるのか」など考えなくても、生活することはできます。

しかし、ここで考えてみたいことがあります。

「生活できること」と「何のために生きるのかが分かっていること」は、本当に同じでしょうか。

お金があれば生活できます。

健康であれば生活できます。

仕事があれば生活できます。

家族がいれば生活できます。

しかし、それらをすべて手に入れたとしても、

「私は何のために生きているのだろう」

という問いが消えるとは限りません。

「酔生夢死」という生き方

仏教では、私たち人間の生き方を表す言葉として、

「酔生夢死(すいせいむし)」

という言葉があります。

酔生夢死とは、文字通りには「酔って生き、夢のように死ぬ」という意味です。

ここでいう「酔い」は、お酒だけのことではありません。

仏教では、私たちがさまざまな欲望に心を奪われ、人生の根本問題を忘れてしまうことを「迷い」として捉えます。

私たちは日々、さまざまなものを求めています。

お金が欲しい。

美味しいものが食べたい。

恋愛したい。

異性から認められたい。

社会的に成功したい。

有名になりたい。

もっと楽をしたい。

もっと眠りたい。

こうした欲望そのものが、すべて悪いということではありません。

しかし、欲望を満たすことだけに追われていると、

「私は何のために生きているのか」

という最も大切な問題を忘れてしまうことがあります。

五欲に追われて「なぜ生きる」を忘れる

仏教では、人間の欲望を「五欲」として説明することができます。

・食欲

・財欲

・色欲

・名誉欲

・睡眠欲

などがあります。

私たちは、これらの欲望を満たすために毎日生きています。

美味しいものを食べたい。

お金が欲しい。

恋愛したい。

人から認められたい。

楽をして眠っていたい。

こうした欲望を満たすことは、一時的な楽しみがあります。

しかし、欲望は一つ満たせば終わりではありません。

お金が入れば、もっと欲しくなる。

人から褒められれば、もっと認められたくなる。

美味しいものを食べれば、また食べたくなる。

その繰り返しの中で、私たちは毎日を過ごしています。

そして気がついたときには、人生の大切な時間が過ぎています。

これが「酔生夢死」という生き方です。

欲望に追われ、毎日を忙しく過ごしているうちに、

「何のために生まれてきたのか」

「何のために生きているのか」

という人生の根本問題を考えないまま、人生を終えてしまうのです。

「どう生きるか」だけでは人生の答えにならない

もちろん、「どう生きるか」は大切です。

仕事も必要です。

お金も必要です。

健康も必要です。

家族や人間関係も大切です。

しかし、それらはすべて「人生をどう生きるか」という問題です。

仏教が問いかけているのは、そのさらに奥にある問題です。

「そもそも、何のために生きるのか?」

ということです。

「どう生きるか」は人生の手段です。

それに対して「なぜ生きるか」は人生の目的に関わる問題です。

たとえば、目的地が分からないまま、

「どの道を歩けばいいのか」

「どの電車に乗ればいいのか」

と考えても、どこへ向かっているのか分かりません。

人生も同じです。

「どう生きるか」ばかりを考えていても、「どこへ向かって生きているのか」が分からなければ、人生に迷ってしまいます。

「なぜ生きるか」を考えることは暇人のすることではない

「なぜ生きるかなんて考えるのは暇人だ」

と思う人もいるかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか。

むしろ、仕事やお金、人間関係に追われているときほど、一度立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。

「私は何のために働いているのだろう」

「私は何のためにお金を稼いでいるのだろう」

「私は何のために生きているのだろう」

この問いを持つことで、今まで当たり前だと思っていた人生を見つめ直すことができます。

「どう生きるか」だけではなく、

「なぜ生きるのか」

を考える。

そこから、人生の本当の意味を探す旅が始まります。

仏教が教える「人生の目的」

仏教は、単に「毎日を楽しく生きましょう」と教えるものではありません。

人間の苦しみを見つめ、

「なぜ人は苦しむのか」

「なぜ人は迷うのか」

「人はどうすれば本当の幸せを得られるのか」

という問題を徹底的に追究した教えです。

だからこそ、「なぜ生きるのか」という問いは、仏教を学ぶうえで非常に重要なテーマになります。

私たちは、「どうすれば幸せになれるか」ということを一生懸命考えます。

しかし、その前に、

「私は何のために生きているのか」

を考えてみる。

そこに人生を見つめ直す大きなきっかけがあります。

毎日を忙しく生きていると、私たちは人生そのものについて考える時間を失ってしまいます。

だからこそ、一度立ち止まってみる。

「どう生きるか」だけではなく、

「なぜ生きるのか」

を考えてみる。

仏教は、私たちが忘れてしまいがちなこの問いを、正面から問いかけているのです。

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感想

普段生活をしているときは、五欲ばかりを求めています。しかし、五欲を満たすことは「どう生きるか」という生き方の問題で、「何のために生きているのか」がわかりません。仏教には「何のために生きるか」の答えが教えられているといいます。

「なぜ生きる」の答えがわかったときその目的地に向かって「どう生きるか」も定まってきます。これからも仏教を学び続けていきたいです。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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