「人は何のために生きているのだろうか」
人生の中で、一度はこのような疑問を抱いたことがあるのではないでしょうか。
毎日仕事をして、食事をして、眠る。そして、また次の日が始まる。
こうした生活を繰り返す中で、ふと自分は何のために生きているのだろうと考えることがあります。
お金を稼ぐためでしょうか。幸せな家庭を築くためでしょうか。それとも、自分の夢を実現するためでしょうか。
もちろん、どれも大切なことだと思います。
しかし、それらが人生の最終的な目的なのかと考えると、簡単には答えが出ません。
私自身も学生時代に、人生の意味について悩んだことがありました。
本を読んだり映画を観たりしながら、その答えを探していたのです。
しかし、当時は納得できる答えを見つけることができませんでした。
今回は、高森顕徹先生が監修し、明橋大二先生、伊藤健太郎先生が著した『なぜ生きる』を紹介します。
本書を読んで私が特に重要だと感じた三つの点を取り上げ、親鸞聖人が教えられた人生の目的について考えてみたいと思います。
『なぜ生きる』とは?
『なぜ生きる』は、人生の意味や目的という、人間にとって根本的な問題を取り上げた書籍です。
本書では、さまざまな著名人の言葉や人生についての考察を通して、人間が抱える苦しみや不安が紹介されています。
そして、親鸞聖人の教えをもとに、人生の目的について解説されています。
人生の意味を考えたことがある人や、親鸞聖人の教えに関心がある人にとって、考えるきっかけになる一冊だと思います。
1.「生きること」そのものが人生の目的なのか?
人生の目的について考えるとき、「生きること自体に意味がある」という考え方があります。
生きているだけで価値があるという言葉に、励まされる人もいるでしょう。
私も、生きることそのものを大切にする考え方には意味があると思います。
しかし、本書では、さらに一歩踏み込んだ問いが投げかけられています。
それは、苦しみや悩みを抱えながら、何のために生きていくのかという問題です。
ただ生き続けることが目的なのか。それとも、生きることによって果たすべき目的があるのか。
この違いについて考えさせられました。
学生時代、人生の意味を探していた
私自身、学生時代に人生の意味について考えたことがあります。
当時は、本を読んだり映画を観たりすることが好きでした。
さまざまな作品に触れながら、人間は何のために生きるのかという答えを探していたのです。
映画には、人生の苦しみや喜び、愛情、孤独など、さまざまな人間の姿が描かれています。
本の中にも、生き方について考えさせられる言葉が数多くあります。
しかし、いくら本を読み、映画を観ても、人生の目的について納得できる答えを見つけることはできませんでした。
その後、社会人になると、人生の意味そのものよりも、どう生きるかを考えるようになりました。
仕事で評価されるにはどうすればよいのか。
人間関係を円滑にするにはどうしたらよいのか。
幸せになるためには何をすればよいのか。
こうした日々の課題に関心が向くようになったのです。
しかし、今回『なぜ生きる』を読んで、どう生きるかという問題と、何のために生きるかという問題は、分けて考える必要があるのだと改めて感じました。
2.親鸞聖人が教えられた人生の目的とは?
本書で重要だと感じた二つ目の点は、親鸞聖人が教えられた人生の目的です。
私たちの人生には、さまざまな苦しみがあります。
仕事や人間関係の悩み、病気、老い、大切な人との別れなど、思いどおりにならないことが数多くあります。
本書では、こうした人生を、絶えず波が押し寄せる海にたとえて説明しています。
そして、その人生の海を明るく渡るための大船があると教えられています。
もちろん、これは実際の船のことではありません。
阿弥陀仏の本願を船にたとえた表現です。
阿弥陀仏の本願とは何か?
私が学んできた教えでは、阿弥陀仏の本願とは、すべての人を必ず信楽の身にすると誓われたお約束です。
信楽とは、絶対の幸福とも説明される心の世界です。
それは、一時的な喜びや、何かを手に入れたときの満足とは異なります。
お金や地位、名誉、健康などは、私たちの生活にとって大切なものです。
しかし、それらはいつまでも変わらずに続くとは限りません。
一方、親鸞聖人が教えられた信楽は、浄土往生が間違いない身になることだと学びました。
本書では、阿弥陀仏の本願によって信楽の身になることこそ、万人共通の人生の目的であると解説されています。
私は、この教えを知ったとき、人生には万人共通の目的があると説かれていることに強く関心を持ちました。
人生の目的は人によって違うものだと思われがちですが、親鸞聖人は、すべての人に共通する目的があると教えられているのです。
3.無明の闇が破れるとは?二種深信の世界
三つ目に重要だと思ったのが、無明の闇についてです。
親鸞聖人の教えでは、私たちの苦悩の根元に無明の闇があると教えられています。
無明の闇とは、阿弥陀仏の本願を疑う心のことだと学びました。
この無明の闇が破れることが、人生の目的の完成であると教えられています。
では、無明の闇が破れると、何が明らかになるのでしょうか。
それが、機の深信と法の深信という二つの深信です。
機の深信とは?
機の深信とは、自分自身の本当の姿が知らされることです。
私が学んできた教えでは、自分は地獄よりほかに行き場のない、極悪最下の身であると知らされることだと説明されています。
普段、私たちは自分のことを、それほど悪い人間だとは思っていないでしょう。
しかし、親鸞聖人の教えでは、人間は煩悩を抱えた存在であると明らかにされています。
自分自身の本当の姿を知ることが、機の深信なのです。
法の深信とは?
法の深信とは、阿弥陀仏の本願が真実であったと知らされることです。
私が学んできた教えでは、地獄よりほかに行き場のない自分が、阿弥陀仏の本願によって必ず救われる身になったと知らされることだと説明されています。
自分の力では救われることのない身でありながら、阿弥陀仏の本願によって救われる。
この機の深信と法の深信が同時に知らされることを、二種深信といいます。
本書では、無明の闇が破れた一念の世界について、この二種深信を通して解説されています。
私は、人生の目的について学ぶうえで、非常に重要な教えだと思いました。
人生の目的を果たすためには聴聞が大切
では、無明の闇を破り、人生の目的を果たすためには、どうすればよいのでしょうか。
私が学んできた教えでは、仏法を聞くこと、すなわち聴聞が大切であると教えられています。
山にこもって修行したり、坐禅を組んだりすることによってではなく、阿弥陀仏の本願を聞くことが重要なのです。
昔から、仏法は聴聞に極まると教えられています。
しかし、仏法を聞くことは、決して簡単ではないと感じています。
話を聞いていても、集中できないことがあります。
また、聞き続ける中で疑問が生まれることもあります。
私自身、仏法を学び続ける中で、真剣に聴聞することの難しさを感じてきました。
それでも、人生の目的を明らかにするために、これからも仏法を聞き続けていきたいと思っています。
『なぜ生きる』を読んだ感想
今回、『なぜ生きる』を読んで、私が特に考えさせられたのは、人生の目的と生き方の違いです。
学生時代、私は本や映画を通して人生の意味を探していました。
しかし、答えを見つけることはできませんでした。
社会人になってからは、人生の意味を考えることよりも、日々の生活をどうよくしていくかに関心が向くようになりました。
仕事で成果を出したい。
人間関係をよくしたい。
幸せな人生を送りたい。
そうした願いは、誰にでもあると思います。
しかし、本書を読むことで、それらの願いをかなえることと、人生の目的を果たすことは同じではないのだと考えさせられました。
親鸞聖人は、万人共通の人生の目的があると教えられています。
そして、その目的は阿弥陀仏の本願によって信楽の身になることだと学びました。
私にとって、この教えは人生を考えるうえで大切なものになっています。
また、無明の闇や二種深信について学ぶことで、親鸞聖人が教えられた救いの意味についても、改めて考えることができました。
これからも仏法を聞き続け、人生の目的について学んでいきたいと思います。
まとめ|人生の目的を知ることは生き方を考えることにつながる
今回は、『なぜ生きる』から、私が重要だと感じた三つの点を紹介しました。
一つ目は、生きること自体が人生の目的なのかという問いです。
二つ目は、親鸞聖人が教えられた万人共通の人生の目的についてです。
三つ目は、無明の闇が破れたときに知らされる二種深信についてです。
私は学生時代から人生の意味について考えてきましたが、本書を通して、親鸞聖人が教えられた人生の目的について改めて学ぶことができました。
人生にはさまざまな苦しみや悩みがあります。
そのような人生を、何のために生きるのか。
この問いについて考えたい方や、親鸞聖人の教えに関心がある方は、『なぜ生きる』を読んでみてはいかがでしょうか。
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