生きる意味はあるのか?——仏教が教える「人生の目的」とは

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生きる意味を考えるのはどんなときか

「生きる意味は何だろう」

この問いは、人生が順調なときよりも、苦しいときに強く浮かびます。

仕事が充実していて毎日が楽しいときは、あまり意味を考えません。しかし、仕事がつらくなったり、人間関係に悩んだり、病気や挫折を経験したりすると、「何のために生きるのだろう」と考えるようになります。

働くことも同じです。

仕事が充実しているときは、働く意味を考えません。しかし、毎日が苦しくなると、「なぜ働かなければならないのか」と自分に問いかけます。

このように、人間は「意味」を求める生き物です。

人生の目的を考えることこそ、人間らしさの一つだといえるでしょう。

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なぜ必ず死ぬのに生きるのか

私たちは誰一人として死を避けることはできません。

どれほど成功しても、お金を持っていても、健康に気を付けていても、最後には必ず死を迎えます。

だからこそ、多くの人は疑問を抱きます。

・なぜ生きなければならないのか

・必ず死ぬ人生に意味はあるのか

・生きる目的とは何なのか

これは昔から多くの人が抱いてきた根本的な問いです。

仏教では人生を「難度海」と教えられる

仏教では人生を「難度海(なんどかい)」と表現します。

人生は、大海原を泳ぎ続けるようなものです。

次々と押し寄せる波のように、

・老い

・病気

・人間関係

・仕事の悩み

・経済的不安

・大切な人との別れ

などさまざまな苦しみがやってきます。

私たちはその波を超えながら、懸命に泳ぎ続けています。

人生を泳ぐ方法は教えてくれる

現代には人生をより良く生きるための知識が数多くあります。

例えば、

・政治は社会の仕組みを教え、

・経済は豊かな生活の方法を教え、

・医学は健康を守る方法を教え、

・科学は便利な技術を生み出します。

これらは、人生という海で波を乗り越えるための「泳ぎ方」を教えてくれる存在です。

しかし、どれほど泳ぎ方が上達しても、一つだけ変えられない事実があります。

それは、誰もが最後には泳ぎ疲れ、人生を終えるということです。

どこへ向かって泳いでいるのか

人生で最も大切な問いは、

「どう泳ぐか」ではなく、「どこへ向かって泳いでいるのか」

ではないでしょうか。

目的地が分からないまま泳ぎ続けるのは、とても不安です。

さらに、

「この苦労には意味があるのか」

「人生そのものに目的はあるのか」

という疑問も生まれます。

仏教は、この問いに真正面から答えています。

仏教が教える「大悲の願船」

親鸞聖人は、

「難度海を度する大船」

という言葉で阿弥陀仏の本願をたとえられています。

人生という苦しみの海を、自分の力だけで泳ぎ切ることはできません。

だからこそ阿弥陀仏は、すべての人を救うために「大悲の願船(だいひのがんせん)」を用意されたと説かれます。

さらに親鸞聖人は、

「大悲の願船に乗じて、光明の広海に浮かびぬれば…」

と教えられています。

阿弥陀仏の本願に身を任せるならば、苦しみの海を一人で泳ぎ続ける人生ではなく、救いの船に乗せられた人生へと変わるのです。

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「人間に生まれてよかった」と思える人生

仏教には、

「人身受け難し、今すでに受く」

という言葉があります。

人間として生まれることは極まてまれであり、その尊い命をすでにいただいている、という意味です。

しかし、本当に「人間に生まれてよかった」と心から喜べるのは、生きる目的を知ったときではないでしょうか。

仏教は、生きる意味を単なる人生の成功や幸福の中に求めるのではなく、人生の究極の目的を明らかにする教えです。

人生の波をどう乗り越えるかだけでなく、

「なぜ生きるのか」

「どこへ向かって生きるのか」

という根本問題を答えを示してくれます。

まとめ

人生が順調なときは、生きる意味を考えることは少ないものです。

しかし、苦しみに直面したとき、多くの人は「何のために生きるのか」という問いに向き合います。

仏教は人生を「難度海」と教えます。私たちは苦しみの波を越えながら生きていますが、自分の力だけでは最後まで泳ぎ切ることはできません。

だからこそ親鸞聖人は、「大悲の願船」に乗せていただく道を説かれました。

生きる意味を知ることは、人生の苦しみをなくすことではありません。しかし、「どこへ向かって生きるのか」が明らかになることで、人間に生まれた本当の喜びを知ることができます。

感想

人生がうまくいっているときは、人生の意味を考えることはあまりありません。うまくいっていないとき意味を考えることがあります。順境のときはいいが逆境のとき、苦しみがやってきたときなぜこんなことをしなければならないのかと考えてしまう経験をしたことがあります。

仏教では人生を難度海にたとえられています。その海に大きな救助の船があるから早くその大船に乗りなさいと説かれている。その大船に乗ることが生きる目的、生きる意味だとわかりました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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