長生きは幸せなのか?|仏教が説く「老後の不安」と絶対の幸福

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昔は「長生き」はめでたいことでした。

還暦の60歳を迎えるだけでも珍しく、

・長寿

・敬老

・長老

として尊敬される存在だったのです。

年長者は、

・人生経験が豊富

・知識がある

・精神的支柱になる

存在でした。

しかし現代では、「長生き=幸せ」と単純には言えなくなっています。

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目次

現代人が抱える長生きの不安

医療が進歩し平均寿命は延びました。

その一方で、多くの人が老後に強い不安を抱えています。

経済的不安

・年金だけで生活できるか

・老後資金は足りるのか

・いつまで働かなければならいのか

長生きするほど、お金の問題は深刻になります。

健康の不安

・病気

・寝たきり

・介護

年齢を重ねるほど身体の自由は失われていきます。

認知症の不安

現代社会で特に大きいのが認知症への恐れです。

・家族に迷惑をかけたくない

・自分らしさを失いたくない

・判断力がなくなるのが怖い

こうした悩みを抱える人は少なくありません。

なぜ「老害」と言われるのか

昔は「老人は智恵者」と尊敬されました。

しかし現代では「老害」という厳しい言葉も使われています。

その背景には、

・感情を抑えられなくなる

・自分の価値観を押し付ける

・他人の意見を聞けなくなる

という問題があります。

年齢を重ねれば自然に人格者になれるわけではありません。

むしろ、長年の習慣や執着が強く現れることがあります。

孔子が説いた理想の老い方

中国の儒教では、理想的な人生の成熟が説かれています。

40歳 不惑(ふわく)

「惑わない」

自分の進む道が定まり、迷いが少なくなる年齢です。

50歳 知命(ちめい)

「天命を知る」

自分の役割や使命を知る段階です。

60歳 耳順(じじゅん)

「人の意見を素直に聞ける」

感情的に反発せず、他人の話を受け止められる境地です。

70歳 従心(じゅうしん)

「心のままに行動しても道徳に反しない」

人格が成熟し、自然な行動が善になる状態です。

これは理想の人物像ですが、現実には簡単ではありません。

年齢を重ねても、

・欲

・怒り

・ねたみ

・恨み

に苦しむ人は多いのです。

仏教では人生を「難度海」にたとえる

仏教では人生を「難度海(なんどかい)」という大海にたとえます。

難度海には、

・丸太

・板切れ

のような浮遊物があると例えられています。

難度海を泳いで疲れた人は、それにしがみつき一時的に休むことができます。

この丸太や板切れにあたるのは、

・お金

・地位

・名誉

・健康

・夫(妻)

・子

などが当たります。

これらがあれば一時的には安心できます。

しかし、これらは永遠ではありません。

突然失われたり、裏切られたりします。

すると再び苦しみの塩水を飲み込みこむことになります。

なぜ苦しみながら生きなければならないのか

「こんなに苦しいのに、なぜ生きなければならないのか」

これは古今東西、多くの人が抱えてきた問いです。

親鸞聖人は、この苦しみの海を渡り切る方法を明らかにされました。

それが、

大悲の願船(だいひのがんせん)

です。

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大悲とは、大慈悲のことです。

「苦しんでいる人を放っておけない」

という阿弥陀仏の慈悲を意味します。

親鸞聖人は、『教行信証』で次のように語られています。

大悲の願船に乗じて、光明の広海に浮かびぬれば、至徳の風静かに、衆禍の波転ず

苦しみの海を、自分の力で泳ぎ切ることはできないから、

阿弥陀仏の大悲の願船に乗せていただく

そうすれば、大安心の身になれると説かれています。

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信心決定とは「絶対の幸福」

仏教では、この大悲の願船に乗せていただいた境地を

信心決定(しんじんけつじょう)

といいます。

現代の言葉でいえば

絶対の幸福

と表現できます。

仏教では「老いがきても病気になっても死がきても崩れない幸せ」

こそが、本当の幸福だと教えられるのです。

まとめ|長生きよりも大切なこと

現代は、

・長寿化

・認知症

・老後不安

・孤独

など、「長生きのリスク」が語られる時代です。

長く生きるだけでは、必ずしも幸せにはなれません。

仏教では人生を苦しみの海と見つめながらも、

その海を渡す大悲の願船があると教えます。

人生の本当の課題は、「どれだけ長く生きるか」

ではなく、

「何を支えとして生きるか」

なのかもしれません。

感想

長生きをすることにはさまざまなリスクがある。それでもなお長生きすることに意味があると仏教では教えられています。それはこの人生という難度海を渡しきる大きな船に乗ることだと説かれてます。

大悲の願船に乗ることができれば、人生が明るくなるといわれる。確かに海で泳いでいて大きな船に乗ることがきたら、さぞ助かることだとわかる。

しかしそれはたとえであって、実際の人生がどう変わるのかがわからない。悩みが無くなることではないと思うし、生きていれば不安だってなくならない。不幸なことが一切なくなるわけでもないだろう。

この疑問がなくなるまで聴聞を続けていきたいです。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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