「どうして自分だけがこんな目に遭うのだろう」
「なぜ同じ失敗を繰り返してしまうのか」
人生には原因が分からず苦しむことがあります。
仏教では、その原因を「運が悪かった」の一言で終わらせません。
「どうしてその結果になったのか」を深く見つめる教えがあります。
それが因果の道理(いんがのどうり)です。一般的には因果応報ともいわれます。
この記事では、
・因果の道理とは何か
・善因善果・悪因悪果・自因自果
・等流因等流果と異熟因異熟果
・なぜ人生は行いで変わるのか
を、わかりやすく解説します。
因果の道理について詳しくはこちら

因果の道理とは「結果には必ず原因がある」という教え
仏教では、
果(結果)には必ず因(原因)がある
と教えられます。
これを因果の道理といいます。
結果だけを見て嘆くのではなく、
・どういう原因があったのか
・どんな行いをしてきたのか
を振り返ることが大切だと説かれています。
この現実を冷静に見つめることを、仏教では諦観(たいかん)といいます。
諦めるという意味ではなく、
原因をアキラカニミル
という意味です。
善因善果・悪因悪果・自因自果とは
因果の道理には、有名な言葉があります。
・善因善果(ぜんいんぜんか)
・悪因悪果(あくいんあっか)
・自因自果(じいんじか)
です。
善因善果
善い行いには、善い結果が現れること。
例えば、
・人に親切する
・感謝の言葉を伝える
・約束を守る
こうした行いは、信頼や人間関係となって返ってきます。
悪因悪果
悪い行いには、悪い結果が現れること。
・人を傷つける
・嘘をつく
・人をだます
こういした行為は、やがて自分自身を苦しめます。
自因自果
自分のまいた種は、自分で刈り取るということです。
仏教では、
運命は偶然ではなく、自分の行いによって引き起こされる
と教えられています。
また、
・行いのことを業因(ごういん)
・結果のことを果報(かほう)
ともいいます。
つまり、
行いが未来を作る
ということです。
等流因等流果|やった行いと同じ結果が返ってくる
仏教では、
やった行ないと同質の結果が返ってくる
ことを、
等流因等流果(とうるいんとうるか)
といいます。
例えば、
・人を殴ったら殴られる
・盗めば盗まれる
・人をだませば自分もだまされる
などです。
昔から、
親捨てた 報いで子にも 捨てられる
という言葉があります。
親をないがしろにしてきた人は、やがて自分も子どもから粗末に扱われることがある。
これも因果の一例です。
人間関係は「山彦」のように返ってくる
人間関係も因果の道理が現れやすいところです。
呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ 山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する
これは、
自分から心を開けば、相手も心を開く
という意味です。
逆に、
・不機嫌な態度
・冷たい言葉
・相手を疑う心
ばかり出していれば、人間関係も悪くなります。
まず自分から善い種をまくことが大切なのです。
幸せになれる行い|布施とは何か

異熟因異熟果|原因が違う形で返ってくることもある
因果には、
まいた種が違う形で現れる
場合もあります。
これを、
異熟因異熟果(いじゅくいんいじゅくか)
といいます。
有名なのが、
風が吹けば桶屋が儲かる
という話です。
流れをたどると、
⒈風が吹く
⒉砂が舞う
⒊目を悪くする人が増える
⒋三味線引きが増える
⒌猫皮が必要になる
⒍猫が減る
⒎ネズミが増える
⒏桶がかじられる
⒐桶屋が儲かる
という因果関係です。
一見関係ないように見えても、実はつながっています。
人生も同じです。
・小さな親切
・努力
・誠実さ
は、思わぬ形で自分を助けることがあります。
逆に、
・怠慢
・傲慢
・人への悪意
も、回り回って苦しみとなって返ってくるのです。
因果の道理を知ると「廃悪修善」に向かう
因果の道理を知ると、
「悪いことをやめて、善いことをしよう」
という心が生れます。
これを仏教では、
廃悪修善(はいあくしゅぜん)
といいます。
・悪口を減らす
・感謝を増やす
・人を思いやる
・誠実に生きる
こうした小さな行いの積み重ねが、未来を変えていくのです。
因果の道理と六度万行についてはこちらも

まとめ|未来は「今の行い」で変えられる
仏教の因果の道理は、
「人生は偶然ではない」
という教えです。
今の結果には原因があり、未来の結果は今の行いによって変わっていきます。
だからこそ仏教では、
・善い種をまくこと
・悪い行いを慎むこと
・自分の行動を振り返ること
を大切にします。
今日の小さな行いが、未来の自分を作っています。
感想
どうしてこうなったのかわからない因果関係というのがある。それは人間の知恵ではわからないというだけで、因果の道理にくるいはないと仏教では教えられます。結果には必ず原因がある。原因なしに結果はおきない。
僕自身は、本を読むことが好きなのでよく本屋に行くことがあります。本との出会いで自分の人生が大きく変わったという経験を何度もしたことがあります。良い本との出会いも因果関係があるはずだと思いました。普段の行いが善かったから回り回って良い本に出会えたと思うようにしています。そう思えればこれからも善い行いをしていこうと思えるからです。
仏教では結果には必ず原因があると教えられる。やった行いが違った形で現れることを異熟因異熟果というが、善い結果も悪い結果もほとんどがそうだと言われます。しかし、善い行いが悪い結果に、悪い行いが善い結果になることはない。だから善い結果にするために、常に廃悪修善につとめていきたいです。
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