「人に与えると損をした気がする」
「親切にしても見返りがないなら意味がないのでは?」
多くの人が、そう感じたことがあるのではないでしょうか。
しかし仏教では、「与える人ほど豊かになる」と教えられています。
一見すると矛盾しているこの教えを、「銭が余って算用が合わん」という言葉で表しています。
この記事では、
・布施とは何か
・なぜ与えると豊かになるのか
・見返りを求めない生き方
を、仏教の視点からわかりやすく解説します。
人生の苦しみの根本原因を知りたい方はこちら

布施とは何か?仏教の基本の教え
仏教では「善因善果」という法則が説かれています。
善い行い(因)をすれば、善い結果(果)が生れる。
つまり、幸せになりたければ善い行いをすることが大切です。
この善い行いを「諸善」といい、その中でも最も大切なものが布施です。
布施とは、インドの言葉で「ダーナ」といい、「与える」「施す」という意味です。
運命がどう決まるのかを詳しく知りたい方へ

なぜ布施は難しいのか?
布施とは、相手のために与えることです。
・時間を使う
・お金を使う
・労力を使う
・我慢する
これらはすべて、自分にとっては「損」のように感じます。
例えば、リンゴを5つ持っていて、2つを人にあげれば、自分は3つになります。
普通に考えれば減っているので、損に見えるのは当然です。
執着があるとなぜ苦しいのか

それでも与えると豊かになれる理由
しかし仏教では、こう教えられています。
与えたものは、形を変えて必ず自分に返ってくる。
たとえその相手から返ってこなくても、巡り巡って、思いがけない形で戻ってきます。
結果として、「リンゴが6つになる」ようなことが起きるのです。
「銭が余って算用が合わん」の意味
この不思議な現象を表した言葉が、
「銭が余って算用が合わん」
です。
計算上は損をしているはずなのに、なぜかお金や幸せが増えている。
これは、損得の計算では測れない世界があることを示しています。
なぜ損して得になるのかをさらに解説

自利利他とは?人を幸せにすると自分も幸せになる
仏教ではこれを自利利他(じりりた)といいます。
・相手を大切にする人は、自分も大切にされる
・人を思いやる人は、人から思いやられる
つまり、他人の幸せを願う行いが、そのまま自分の幸せにつながるのです。
なぜ人は見返りを求めてしまうか
現実には、こう考えてしまいます。
・この人に親切にしても意味があるのか
・見返りがなかったら損ではないか
このように、私たちは無意識に「損得勘定」で行動してしまいます。
仏教の教え「三輪空」とは何か
仏教では、布施をするときの心構えとして三輪空(さんりんくう)が説かれます。
これは、
・私が
・誰に
・何をしたか
この3つを忘れなさい、という教えです。
つまり、
「自分がやってあげた」
「この人にしてあげた」
「こんなにしてあげた」
という意識を持たないことが大切なのです。
本当の布施とは見返りを求めないこと
本当の布施とは、
・見返りを期待しない
・相手を選ばない
・人に見せるためにやらない
という行いです。
人が見ているときだけ親切にするのではなく、誰も見ていないところでも行う。
そこに、本当の価値があります。
親切が難しい理由
「親切」という言葉は、「親を切る」と書きます。
それほど、相手のために行動することは、自分にとって痛みや負担を伴うものなのです。
だからこそ、簡単にはできません。
まとめ|与える人生が豊かさを生む
布施の教えをまとめると、
・善い行いは必ず自分に返ってくる
・与えることで結果的に豊かになる
・見返りを求めないことが大切
一見すると損に見える行動が、長い目で見ると大きな幸せにつながります。
「銭が余って算用が合わん」
この言葉の意味を実感できたとき、人生の見方は大きく変わるでしょう。
感想
幸せになりたかったら、善い行いをする。そうすればよい運命、幸せになれるといいます。善い行いとは布施をする、人に与えることが大事なんですね。人が見ていない所でも布施をする。そうすれば幸せはやってくる。
僕自身がやっている布施の一つに、お世話になった福祉施設にお中元とお歳暮を贈るということをしいています。もう5年以上続けています。お世話になったから贈っていますが、回り回って僕に何か幸せがこないかな、とも思っています。
与えることは難しいですが、与えることに喜びや楽しさを見出すことができれば続けることができます。そのときはあまり大きなことをしようとせず、小さなことでもいいので与えることができればいいと思います。
コメント