「弥陀をたのむ」とは?蓮如上人の御文章に学ぶ“本当に頼るべきも”の

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「たのむ」の意味を誤解していないか

浄土真宗でよく聞く言葉に、

弥陀をたのめ

があります。

これは、蓮如上人の『御文章』で繰り返し教えられている大切な言葉です。

特に有名なのが、

「たのむ」一念の所肝要なり

というお言葉です。

この「肝要」とは、

最も大切なこと

要の中の要

という意味です。

つまり蓮如上人は、

弥陀をたのむ一念

こそ人生で最も大切だと教えられているのです。

「弥陀をたのむ」は“お願する”意味ではない

ここで注意したいのは、

「たのむ」

という言葉です。

現代では、

・お願いする

・頼みごとをする

という意味で使われます。

しかし浄土真宗では違います。

浄土真宗では、

「頼む」ではなく「憑む」

という意味で使われます。

「憑む」とは、

あて力にする

たよりにする

身を任せる

という意味です。

つまり、

「弥陀をたのむ」

とは、

「阿弥陀仏を人生の本当のよりどころにする」

という意味なのです。

人は何を「あて力」にして生きているのか

蓮如上人は『御文章』にこう教えられています。

まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず

これは、

「死ぬ時には、これまで頼りにしてきた妻や子供や財産も、何一つ持っていくことはできない」

という意味です。

ここでの「たのみおきつる」とは、

「お願いしていた」

という意味ではありません。

・妻をあてにしていた

・子どもを頼りにしていた

・財産を力にしていた

という意味です。

人は最後に何に裏切られるのか

私たちは普段、

・家族

・お金

・健康

・地位

・名声

・人間関係

を頼りにして生きています。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

しかし仏教では、

それらは永遠には頼れない

と教えられます。

なぜなら、

・健康は壊れる

・財産は失われる

・人間関係は変わる

・愛する人とも別れる

・最後には自分の命も終わる

からです。

つまり、

この世のものには「絶対」がないのです。

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「たのむ一念」とは何か

では仏教では、何を本当に頼りにすればよいのでしょうか。

浄土真宗では、

阿弥陀仏の本願

を頼りにすると教えられます。

よく、

南無阿弥陀仏の船

とたとえられます。

人生は苦しみの海であり、人はその海でもがいています。

しかし、

南無阿弥陀仏の船に乗せていただけば、必ず渡しきっていただける

と教えられるのです。

そして、

この船が本当にあて力になった瞬間を、

「たのむ一念」

といいます。

また、

信心決定(しんじんけつじょう)

ともいわれます。

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親鸞聖人は、

本願他力をたのみて自力をはなれたる、これを「唯信」という

と教えられました。

これは、

阿弥陀仏の本願をよりどころとして、自分の計らいを離れた状態

を唯心という意味でつかいます。

本願の船に乗せていただいた人の幸せ

浄土真宗では、

本願の船に乗せていただけば、死ねば必ず浄土へ往ける

と教えられます。

さらに、

未来だけでなく、今生きているこの世も

絶対の幸福

となることができます。

だからこそ、

この世も未来も幸せ者

になれると教えられるのです。

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感想

弥陀をたのめとは弥陀にお願するという意味ではなく、あて力にするという意味が正しいという。浄土真宗の教えに明るい人じゃなければ、間違えて解釈してしまうところです。正しい言葉の意味を知らなければ、教えも間違て理解してしまう。

弥陀をあて力にするとは南無阿弥陀仏の船に乗せてい頂くこと、つまり信心決定になったということです。南無阿弥陀仏の船に乗せてい頂ければ、死んだら浄土へ往くことができる。この世も未来も幸せに者になるこができるという。

未来が明るいと今の気持ちは明るくなる。逆に未来が暗いと今の自分は暗い気持ちになる。浄土へ往くことが決まれば未来は明るいから、今の自分も明るい気持ちになる。

浄土へ往くことが決まるまで聴聞を続けたいと思いました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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