「友達がいない人は不幸だ」
そんな価値観を、当たり前のように感じる人は少なくありません。
SNSでは交友関係の広さが見えやすくなり、
「友達が多い人ほど幸せそう」
「孤独な人は寂しい人」
というイメージが強くなっています。
しかし、本当に友達がいなければ幸せになれないのでしょうか。
仏教では、「誰かに認められなければ幸せになれない人生」は、本当の安心ではないと教えられます。
この記事では、
・なぜ人は「友達がいないと不幸」と感じるのか
・人間関係と幸福の関係
・仏教が説く「一人でも喜べる境地」
・親鸞聖人や法然上人の生き方
について、わかりやすく解説します。
なぜか人が離れていく人の特徴とは

なぜ「友達がいない=不幸」と感じるのか
人間には「名誉欲」があります。
これは、
・人から褒められたい
・認められたい
・大切にされたい
・必要とされたい
という心です。
誰でも、人から嫌われるより好かれたいと思います。
そのため、
・友達が多い人
・人気者
・仲間に囲まれている人
を見ると、「幸せそう」と感じやすいのです。
反対に、
・一人でいる人
・友達が少ない人
・孤独に見える人
には、「かわいそう」「寂しそう」というイメージを持ってしまうことがあります。
しかし、それは本当に正しいのでしょうか。
ハーバード大学の研究でも「幸福には人間関係が大切」と分かった
有名なのが、ハーバード大学による長期研究です。
85年以上にわたって続けられている研究では、
「幸福と健康に最も影響を与えるのは良い人間関係である」
という結果が発表されています。
つまり、人とのつながりは、確かに人生に大きな影響を与えるのです。
ここだけを見ると、
「やっぱり友達がいないと幸せになれない」
と思うかもしれません。
会話が楽しい人の特徴

人間関係が豊でなければ幸せになれないのか
例えば、漫画「ONE PIECE」のように、
・仲間と支え合う
・命がけで助け合う
・強い絆を持つ
ことに憧れる人は多いでしょう。
「仲間こそ人生の宝だ」
という考え方には、多くの人が共感します。
ですが、ここで考えたいのは、
「目の前に友達がいない人は、本当に不幸なのか」
ということです。
仏教では「近くに友達がいなければ不幸」とは説かれない
仏教では、人間関係を大切にしながらも、
「誰かに認められなければ喜べない人生」
を本当の幸福とは見ません。
ブッダは「無師独悟」だった
お釈迦様は35歳の12月8日に悟りを開かれ、80歳2月15日に亡くなられるまで45年間、仏教を説かれました。
ブッダは「無師独悟」といわれます。
つまり、師匠から教わって悟ったわけではなく、自ら真理を明らかにされたということです。
ブッダの悟りとは、
「誰かから認められた幸せ」
というものではありませんでした。
一人でいても揺るがない幸福の世界だったのです。
法然上人も一人、経典と向き合われた
法然上人は16歳で比叡山に入り、43歳まで27年間修行されました。
当時、「法然上人ほど仏教に明るい人はいない」といわれるほどの学僧でした。
法然上人は、黒谷の報温蔵にこもり、一人で一切経を読み続けられます。
そして43歳の時、阿弥陀仏の本願に救われました。
その後、比叡山を下り、吉水に庵を結び、多くの人々に阿弥陀仏の本願の教えを説かれたのです。
深い真理との出会いは、必ずしも「大勢の人間関係」の中だけで得られるわけではありません。
親鸞聖人が喜ばれた「一人の救い」
親鸞聖人は、次のように語られています。
弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり されば若干の業をもちける身にてありけるを、助けんと思召したちける本願のかたじけなさよ
これは、
「阿弥陀仏の本願は、この親鸞一人を救うためのものだった」
という深い感動の言葉です。
「数限りない悪い行い、地獄行きのタネを抱えている親鸞を、なんとか助けてやりたいと奮い立ってくださった弥陀の本願のなんとありがたいことか」
と知らされた時、大きな喜びを得られたのです。
阿弥陀仏の本願についてはこちら

書物を通じて高僧たちと会話していた
親鸞聖人は、
ここをもって愚禿釈の親鸞、慶ばしきかなや、西蕃・月氏の聖典、東夏・日域の師釈に、遇い難くして今遇うこと得たり、聞き難くして已に聞くことを得たり
とも喜ばれています。
これは、
・インド・中国・日本の高僧方の教えに出会えた喜びを表されています。
つまり親鸞聖人は、書物を通じて時代や国を超えた高僧方と対話していたのです。
友達0人でも幸せになれるとはどういうことか
もちろん、人とのつながりは大切です。
孤立し、誰とも関わらないことを仏教がすすめているわけではありません。
しかし仏教では、
「人から認められないと生きられない」
状態を、苦しみの原因として見つめます。
本当の安心とは、
・一人でも心が満たされる
・比較に振り回されない
・誰かの評価に依存しない
世界にあると教えられるのです。
まとめ|「一人=不幸」とは限らない
現代では、
・友達が多い人
・人脈が広い人
・人気者
が幸せだと思われがちです。
ですが仏教では、
「一人でいても喜べる心」
こそ大切だと教えられます。
ブッダ、法然上人、親鸞聖人もまた、深く自分と向き合い、真理と向きあわれました。
感想
友達がいない人と聞くと、何か性格に問題があるのかなと思ってしまう。人間関係が上手く築けない人というのはどこにでもいます。
僕自身、高校生のときは友達が0人だった。高校生活はとてもつまらなかったが、本を読むのが好きだったので本が友達だった。また、マンガやアニメ、映画を浴びるように観ていました。そのなかで自分の師と呼べる人を作ることが楽しかった。当時、友達がいなかったのは自分の性格に問題があったからですが、その分人とは違うことを経験することができた。それが自分自身のアイデンティティになりました。
仏教では一人いて一人喜べる幸せがあるといわれる。それが阿弥陀仏の本願に救われた人の境地だという。そうなれたらどれだけ心強いことだろう。また、インド、中国、日本の高僧方の書物を通じて心を通わせることもできる。人間関係が上手く築けなくても、一人いて喜べる幸せになれる、それが仏教の教えだという。
仏教の教えとはとても深い教えだと思いました。
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