憎しみの裏には依存心がある|仏教が教える苦しみの根本原因

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「どうしてもあの人が許せない」

「裏切られたことが忘れられない」

「憎しみが消えない」

そんな苦しみを抱えている人は少なくありません。

しかし仏教では、憎しみの裏には必ず「依存心」があると教えられています。

なぜ私たちは人を恨むのでしょうか。

そして、どうすれば苦しみから離れられるのでしょうか。

目次

人を憎むのは依存しているから

インターネット上には「旦那デスノート」と呼ばれるサイトがあります。

夫への不満や憎しみ、恨みが数多く投稿されています。

しかし考えてみれば、、本に嫌なら離婚して関係を断つという選択肢もあるはずです。

それでも別れられない。

だからこそ苦しいのです。

そこには依存心があります。

期待していた相手だから憎くなるのです。

全く期待していない人に対しては、そこまで強い憎しみは生れません。

職場の人間関係も同じ

職場でも上司への恨みや怒りを抱える人は少なくありません。

パワハラを受けているのに辞められない人もいます。

もちろん生活の問題があり簡単には辞められないでしょう。

しかし仏教的に見ると、

「会社に依存している」

とも言えます。

生活の支えとして頼っているからこそ、その期待が裏切られた時に大きな苦しみになるのです。

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仏教の「他因自果」という考え方

人は苦しい時、

「あいつのせいだ」

「この人が悪い」

と考えがちです。

これを仏教では「他因自果」の見方といえます。

つまり、

原因は他人にあり、苦しんでいるのは自分だ

という考え方です。

しかし仏教では、

「自因自果」

を教えられます。

自分の結果には自分の原因があるという考え方です。

もちろん相手の行為が正しいという意味ではありません。

しかし、

・その会社を選んだのも自分

・その人と結婚したのも自分

・その関係を続けているのも自分

という事実にも目を向けることが大切です。

すると他人への恨みばかりではなく、自分自身の生き方を見つめ直すようになります。

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不安の裏にも依存心がある

依存とは、

・頼りにする

・支えにする

・力にする

・信じる

ということです。

夫婦、親子、友人、会社、財産など、人は何かを頼りに生きています。

問題は、その頼りにしていたものが失われた時です。

期待が大きいほど苦しみも大きくなります。

だから裏切られるのです。

なぜ束縛したくなるのか

恋人や配偶者を束縛する人がいます。

何度も愛情を確認したり、試したりする人もいます。

その根底にあるのは、

「失いたくない」

という不安です。

依存が強いほど、

相手が離れることが怖くなります。

そして苦しみたくないから相手を縛ろうとするのです。

依存心を捨てれば幸せになれるのか

では依存心をなくせば苦しみはなくなるのでしょうか。

実際にはそう簡単ではありません。

人に依存しなくなっても、

・お金

・健康

・仕事

・地位

・才能

・若さ

・美貌

に依存するようになります。

仏教では、人間は何かに執着せずにはいられない存在だと教えられています。

生死の苦海に浮かぶ丸太と板切れ

仏教では人生を

「生死の苦海」

とたとえます。

そして私たちが頼りにしているものは、

海に浮かぶ丸太や板切れのようなものだと説かれています。

最初は丈夫そうに見えても、

大きな波が来れば簡単にひっくり返ります。

お金も健康も人間関係も永遠ではありません。

頼りにしていたものを失えば、再び別のものにしがみつきます。

しかしそれもまたいつかは失われます。

この繰り返しが苦しみの人生なのです。

親鸞聖人が明らかにされた大きな船

そんな生死の苦海の中で、親鸞聖人は阿弥陀仏の本願を

「大船」

にたとえられました。

丸太や板切れではなく、

決して沈まない大きな船です。

人間や財産や地位を頼りにする人生は不安が付きません。

しかし阿弥陀仏の本願に救われた人は、沈むことのない大船に乗せられた人だと教えられています。

親鸞聖人は、

「早くその船に乗せていただきなさい」

と私たちに勧められているのです。

阿弥陀仏の本願につていはこちら

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まとめ

憎しみの裏には依存心があります。

恨みが深いほど、相手に期待し頼っていたことがわかります。

また不安の裏にも依存心があります。

人は頼りにしていたものを失うことを恐れるからです。

しかし人間もお金も健康も永遠ではありません。

仏教では、そられを生死の苦海に浮かぶ丸太や板切れにたとえられます。

親鸞聖人は、その苦海を渡るための確かな大船として阿弥陀仏の本願を明らかにされました。

憎しみや不安の根本原因を知り、本当に頼るべきものは何かを考えることが、仏教を聞く大切な目的の一つなのです。

感想

依存心が大きければそれに裏切られたとき、苦しみもまた大きいといわれます。だったら依存心をなくせばいいかといえば、なくすことはできません。人生は苦しみの連続ということがよくわかりました。

仏教では人生を生死の苦海とたとえられています。依存しているものとは海に浮かぶ丸太や板切れです。一時的には休むことができるが、波によってひっくり返ってしまい苦しむことなります。とても不安定でずっと安心できるものでははありません。ところがそんな海に大きな船があるといいます。それが大悲の願船という弥陀の救いのことだと教えられています。大きな船に乗ることができたなら、波がきてもびくともしないから大安心の身になれるとわかりました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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