親鸞聖人はなぜ流刑になったのか?肉食妻帯ではなく「一向専念無量寿仏」が理由だった

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親鸞聖人は流刑になられたことで知られています。

「僧侶なのに結婚したからでは?」

「肉を食べたからでは?」

と思われることがあります。

しかし、実際にはそれだけが理由ではありません。

親鸞聖人が流刑になられた最大の理由は、

「一向専念無量寿仏」

を徹底して説かれたことにありました。

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親鸞聖人は肉食妻帯されたから流刑になったのか

確かに、親鸞聖人は公然と結婚されました。

当時の仏教界では、僧侶が妻帯することは大変異例でした。

しかし、

「肉食妻帯をしたから流刑になった」

というのは正確ではありません。

なぜなら、法然上人も流刑になっていますが、法然上人は肉食妻帯をされていないからです。

また当時、表向きは戒律を守っていても、

・隠れて肉を食べる

・酒を飲む

・妻帯する

僧侶は少なくありませんでした。

そのため、

隠すは聖人 せぬは仏

という言葉があったほどです。

つまり、

「隠れて破るのが普通」

だった時代に、親鸞聖人はそれを隠さなかったのです。

ですが、肉食妻帯は一因ではあっても、流刑の主な理由ではありませんでした。

親鸞聖人が流刑になった本当の理由

親鸞聖人と法然上人は、

一向専念無量寿仏

を強く説かれました。

これは、

「阿弥陀仏ただ一仏に救いを求めなさい」

という意味です。

つまり、

・他の仏に頼らない

・神々を頼りにしない

・占いや祈祷に依存しない

・阿弥陀仏の本願だけを信じる

という教えでした。

阿弥陀仏の本願について詳しくはこちら

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当時の朝廷や貴族たちは、強い信仰心を持っていました。

国家安泰のために、

・神社への祈祷

・加持祈祷

・占い

・吉日選び

などを重視していたのです。

そこへ、

「阿弥陀仏だけを頼れ」

「神々に頼るな」

という教えが広がればどうなるでしょうか。

既存の宗教秩序や権威が揺らぎます。

そのため、専修念仏は危険視され、厳しい弾圧を受けることになりました。

これが親鸞聖人流刑の大きな原因です。

なぜ「一向専念無量寿仏」でなければならないのか

親鸞聖人は人間を

煩悩の塊

と見つめられていました。

欲、怒り、ねたみ、そねみ

どれだけ修行しても、自分の力では完全に煩悩を断ち切れない。

そんな人間を救える仏は、阿弥陀仏しかおられないと教えられたのです。

親鸞聖人は

罪業深重・煩悩熾盛の衆生を助けんがための願にてまします 

と言われています。

これは、

罪深く煩悩に満ちた私たちを救うために建てられた願が阿弥陀仏の本願である

という意味です。

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お釈迦様の教えの中心は阿弥陀仏の本願

親鸞聖人は、お釈迦様が一代を通して説かれた教えの中心は、

「阿弥陀仏の本願」

にあると受け止められていました。

『正信偈』には、

如来所以興出世 唯説弥陀本願海 

とあります。

これは、

「お釈迦様がこの世に現れられた目的は、阿弥陀仏の本願ただ一つ説くためだった」

という意味です。

親鸞聖人は占いや鬼神信仰を厳しく批判された

親鸞聖人ほど、

・占い

・吉日選び

・鬼神信仰

・祈祷依存

を厳しく批判された方はいないと言われます・

『高僧和讃』では、

かなしきかなや道俗の 良時吉日えらばしめ 天地地祇をあがめつつ 卜占祭祀つとめとす

と嘆かれています。

これは、

「僧侶も在家も吉日ばかり気にし、神々を拝み、占いに頼っている。なんと悲しいことか」

という意味です。

親鸞聖人は、人間の不安につけこむような信仰ではなく、

「阿弥陀仏の本願一つ」

を徹底して教えられたのです。

「一向宗」と呼ばれた理由

親鸞聖人は、

「阿弥陀仏一仏に向かえ」

という教えを徹底されたため、後世の人々から

一向宗

と呼ばれるようになりました。

そほどまでに、

「一向専念無量寿仏」

を貫かれたのです。

まとめ

親鸞聖人が流刑になった理由は、単なる肉食妻帯ではありませんでした。

最大の理由は、

一向専念無量寿仏

すなわち、

「阿弥陀仏の本願だけを頼れ」

という教えを徹底されたことにあります。

それは当時の神信仰や宗教権威と激しく衝突しました。

しかし、親鸞聖人は、

「罪深く煩悩でできている私たちは、自力では救われない」

という現実を見つめ抜き、阿弥陀仏の本願一つを生涯教え続けられたのです。

感想

親鸞聖人が流刑になった理由がわかりました。肉食妻帯や専修念仏ではなく、一向専念無量寿仏を強く叫ばれたからだった。権力者の怒りをかってしまっても、自分の信念を貫くことは並大抵のことではないです。

親鸞聖人の不屈の精神のおかげで、現代になっても弥陀の本願の教えを聞くことができる。とても感謝しなければならないことだと感じました。

はやく弥陀の本願に救われるように、聴聞を続けていきたい。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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