因果の道理とは?仏教が教える運命と行いの関係

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「なぜ自分はこんな目に遭うのだろう」

「運がいい人と悪い人の違いは何だろう」

誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。

仏教では、この問いに対して「因果の道理」という教えで答えています。

目次

因果の道理とは

因とは原因、

果とは結果のことです。

この世のあらゆる結果には、必ず原因があります。

種を蒔かなければ芽はでません。

種を蒔けば、その種に応じた芽が出ます。

これを仏教では、

「因果の道理」

と教えられます。

すべての学問は原因を探究している

私たちは何か問題が起きると、その原因を知ろうとします。

例えば、

・地震なら科学

・不況なら経済学

・心の病なら精神医学や心理学

が原因を探究しています。

原因がわかれば、未来を予測したり対策を立てたりできるからです。

昔の人は、地震や病気などを神の怒りや超自然的な力によるものだと考えていました。

しかし科学の発達によって、多くの現象には原因があることがわかりました。

運命は神が決めるのか

では、自分の運命はどうでしょうか。

運がいい人もいれば悪い人もいます。

すると、

「神が与えた運命なのではないか」

「神の試練なのではないか」

と考える人もいます。

しかし仏教では、運命を決めるのは神の力ではないと教えられています。

仏教が教える運命の原因

仏教では、

運命をつくるのは自分の行いである

と説かれています。

これを次のように表します。

善因善果

善い行いには善い結果が生じる。

悪因悪果

悪い行いには悪い結果が生じる。

自因自果

自分の行いの結果は、自分が受け取る。

これをまとめて因果の道理といいます。

幸福や不幸は、神や霊によって与えられるものではなく、自らの行いによって生じるというのが仏教の考え方です。

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業とは何か

仏教では行いを「業(ごう)」といいます。

そして業には結果を生み出す力があります。

これを業力(ごうりき)と呼びます。

善業力

善い行いが幸福をもたらす力

悪業力

悪い行いが不幸をもたらす力

私たちは日々の行いによって自らの未来をつくっているのです。

仏教で教えられる善い行い六度万行

仏教では幸福の原因となる善い行いとして、六度万行が教えられています。

布施(ふせ)

人に親切にすること。

持戒(じかい)

約束を守り、言行一致で生きること。

忍辱(にんにく)

苦しいことに耐える忍耐。

精進(しょうじん)

正しいことを努力し続けること。

禅定(ぜんじょう)

自分を見つめ、反省すること。

智慧(ちえ)

身の修養に努めること。

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仏教で教えられる悪い行い

反対に、不幸の原因となる行いもあります。

慳貪(けんどん)

自分の利益ばかり考えること。

破戒(はかい)

約束を破ること。

瞋恚(しんに)

怒り。

懈怠(けたい)

怠けること。

散乱(さんらん)

心が落ち着かず乱れること。

愚痴(ぐち)

ねたみ、そねみ、うらみ。因果の道理がわからない心。

行いと結果には時間差がある

因果の道理を考えるときに大切なのが、

原因と結果には時間差がある

ということです。

種を蒔いたからといって、その日に実がなるわけではありません。

仏教では次の三つが説かれています。

順現業

行いの結果がすぐ現れるもの

順次業

行いの結果が少し時間が経ってから現れるもの。

順後業

行いをしたことを忘れてしまった頃に現れるもの。

三業とは何か

仏教では、人間の行いを三つに分けています。

身業

身体による行い

口業

言葉による行い

意業

心で思う行ない

仏教では、目に見える行動だけでなく、言葉や心もまた運命をつくる原因になると教えられています。

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まとめ

仏教の因果の道理とは、

「蒔いた種は必ず生える」

という教えです。

・善因善果

・悪因悪果

・自因自果

によって、私たちの運命はつくられます。

そして、その原因となるのが日々の身業・口業・意業です。

親鸞聖人も学ばれた仏教の因果の道理は、運命を神や偶然のせいにするのではなく、自らの行いを見つめる教えといえるでしょう。

最後に、昔から伝えられている言葉があります。

蒔けば生え 蒔かねば生えぬ 善悪の 人は知らねど 種は正直

因果の道理を最もわかりやすく表した言葉ではないでしょうか

感想

結果には必ず原因がある。それはすべてものにあてはまります。学問とはどうしてそうなったか原因を究明することだといいます。

僕は「陰隲録」という本を読んで自分の人生観が変わりました。稲盛和夫さんの著書「生き方」の中にも紹介されている本だが、善い行ないを積み重ねることで運命を変えることができることが教えられています。「陰隲録」は中国の本だが、中国では昔から、積善の家に余慶あり、積不善の家に余殃ありといわれ、善い善い行ないをすれば幸せになり、悪い行ないをすれば不幸なると教えられています。また「善を為すもその益を見ざるは、草裡の東瓜のごとし」という言葉があり、意味は善行をしてもその報いが現れないのは、草むらの中の瓜のようなもので人目には見えなくても立派に成長しているから、必ず善い報いがえられるといわれています。運命の因果関係は自分の行いにあるとわかりました。

仏教では因果の道理が教えれています。善因善果、悪因悪果、自因自果、自分の行いのすべてが自分の運命を決める。まいた種は必ず生える、まかぬ種は生えない。自分の運命をよくしたければ善い行いをすることが大事だと分かりました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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