要約
■ 友達がいないのは不幸だという価値観
・ 人間には名誉欲がある
→ 人から褒められたい、認められたい、大切にされたいという気持ちがある
・ 一般的に友だちいない = 不幸という価値観がある
・ ハーバード大学の研究で85年にわたって続いているものがある それは人間にとって幸福になるには何が必要か?
→ 最も幸福に関係があるのは人間関係であるという結果がでた
■ 人間関係が豊かでなければ幸せではないという人もいる
・ マンガ「ワンピース」のように困ったときに命がけで助け合う仲間がいなければ幸せになれない、と思う人は多い
・ 友達0人でも幸せになれるとはどういうことか?
→ 友達というのは目の前にいる人だけじゃなくてもいい
■ 仏教では近くに友達がいなければ幸せになれないという教えではない
・ ブッダ 35才12月8日に仏という無上の悟りを開かれて、80歳2月15日に亡くなられるまで45年間説かれた教えを、仏教という ブッダには師匠はいなかったので無師独悟だったといわれる 無上の悟りとは誰かから認められなければ喜べないというものではなく、一人でいても喜べるものだった
・ 法然上人 16才から比叡山に入られ43才までの27年間修行された 比叡山にいたころは法然上人ほど仏教に明るい人はいないといわれた 法然上人は一人で仏教の経典に向きあうため黒谷の報恩蔵にこもって一切経を勉強した 43才のとき、心の闇が破れた それから比叡山を降りられ吉水に庵を建てられ阿弥陀仏の救いを教えられた
・ 親鸞聖人 「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり されば若干の業をもちける身にてありけるを、助けんと思召したちける本願のかたじけなさよ」
→ 阿弥陀仏の長い間かけて建てられた本願の内容をよくよく知らされてみると、親鸞一人を救うためにあれだけ熟慮を重ねて本願を建てて下された。数限りない悪い行い、地獄行きのタネを抱えている親鸞を、なんとか助けてやりたいと奮い立ってくださった弥陀の本願のなんとありがたいことか。
・ 「ここをもって愚禿釈の親鸞、慶ばしきかなや、西蕃・月氏の聖典、東夏・日域の師釈に、遇い難くして今遇うこと得たり、聞き難くして已に聞くことを得たり」
→ なんと喜ばしいことだ、インドの高僧方の仏教の本に遇い難くして遇えた、中国や日本の高僧方のご教導を聞かせていただくことが出来きた。これらの方たちと同じ心の世界にでることができた。
■ 書物を通じてインド、中国、日本の高僧方と会話していた
→ 一人いて一人喜べる境地
感想
友達がいない人と聞くと、何か性格に問題があるのかなと思ってしまう。人間関係が上手く築けない人というのはどこにでもいる。
僕自身、高校生のときは友達が0人だった。高校生活はとてもつまらなかったが、本を読むのが好きだったので本が友達だった。また、マンガやアニメ、映画を浴びるように観ていた。そのなかで自分の師と呼べる人を作ることが楽しかった。当時、友達がいなかったのは自分の性格に問題があったからだが、その分人とは違うことを経験することができた。それが自分自身のアイデンティティになった。
仏教では一人いて一人喜べる幸せがあるといわれる。それが阿弥陀仏の本願に救われた人の境地だという。そうなれたらどれだけ心強いことだろう。また、インド、中国、日本の高僧方の書物を通じて心を通わせることもできる。人間関係が上手く築けなくても、一人いて喜べる幸せになれる、それが仏教の教えだという。
仏教の教えとは想像をはるかに超えてくるものだ。
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