「人から悪く思われたくない」
「SNSの批判が気になる」
「みんなに好かれたい」
そんな悩みを抱える人は少なくありません。
しかし仏教では、すべての人の意見を正面から受け止める必要はないと教えられます。
すべての人の意見を真に受けなくていい
私たちは誰かから批判されると落ち込んでしまいます。
しかし、その批判がどのような人からのものなのかを考えることが大切です。
自分の成長を願ってくれる人や、本当に自分のことを思ってくれる人の意見であれば、たとえ厳しい言葉であっても耳を傾ける価値があります。
一方で、
・八つ当たり
・嫉妬
・ストレス発散
・相手を傷つけることが目的
このような動機から発せられる言葉まで真に受ける必要はありません。
特に匿名での誹謗中傷は、相手を引きずり下ろすことが目的になっている場合もあります。
そのような言葉に振り回される必要はないのです。
親鸞聖人も激しい非難中傷を受けていた
「批判されるのは自分が悪いからだ」
と思う人もあります。
しかし歴史を振り返ると、偉大な人物ほど多くの批判を受けています。
親鸞聖人も生涯にわたってさまざまな非難中傷を受けられました。
例えば、
・色坊主
・破戒坊主
・背師自流の横着者
・修行から逃げた男
・流刑人
などと激しく批判されています。
それでも親鸞聖人は歩みを止めませんでした。
なぜでしょうか。
諸仏賞賛の益とは
親鸞聖人は『諸仏賞賛の益』を教えられています。
これは、、阿弥陀仏の本願に救われた人を、大宇宙のすべての仏が褒め称えてくださるとう利益です。
人からどう思われるかではなく、仏から見てどうなのか。
そこに大きな安心と誇りがあったのです。
だからこそ、周囲の批判や中傷に振り回されず、力強く生き抜くことができました。
すべての人から好かれることは不可能
私たちはしばしば、
「みんなから認められたい」
と思います。
しかし仏教では、その考え自体が苦しみの原因になると教えられています。
なぜなら、すべての人から好かれる人など存在しないからです。
お釈迦様でさえ例外ではありませんでした。
お釈迦様について、
・尊敬する人
・批判する人
・無関心な人
がいたと伝えられています。
どれほど人格が優れた人でも、全員から好かれることはありません。
反対に、全員から嫌われることもありません。
仏教で教えられる幸せになれる行い

SNSの批判を気にしすぎない
近年はSNSによる誹謗中傷が社会問題となっています。
実際に、心を深く傷つけられる人も少なくありません。
しかし考えてみれば、SNSの向こうにいる人の多くは、自分のことを何も知らない人です。
人生を共に歩んできたわけでもなく、自分の苦労や事情を知っているわけでもありません。
そのような人の一言によって、自分の価値まで決まるわけではないのです。
もちろん反省すべき意見には耳を傾ける必要があります。
しかし、悪意だけの言葉まで抱え込む必要はありません。
人生の選択は自分の責任

仏教でいう「他人鏡」とは
仏教では、他人の評価を「他人鏡」と表現します。
他人鏡とは、他人の目に映った自分の姿です。
他人鏡は、自分を知るための参考にはなります。
しかし絶対的なものではありません。
なぜなら、人の評価はその人の都合や感情によって簡単に変わるからです。
一休禅師は次のような言葉を残されています。
今日ほめて 明日わるく言う人の口 泣くも笑うも 嘘の世の中
今日褒めていた人が、明日には悪く言うこともあります。
だから褒められて有頂天になる必要もなく、けなされて絶望する必要もありません。
まとめ
人の評価をまったく無視する必要はありません。
しかし、すべての人の意見を真に受ける必用もありません。
大切なのは、
・本当に自分を思ってくれる人の言葉
・尊敬する人の助言
・自分を成長させてくれる意見
に耳を傾けることです。
仏教で説かれる「他人鏡」は参考にはなりますが、絶対ではありません。
人の評価は移ろいやすく、明日の賞賛が明日の批判に変わることもあります。
だからこそ他人の目に振り回されるのではなく、自分が本当に大切にすべき価値を見失わないことが大切なのです。
感想
すべての人から好かれることはないしすべての人から嫌われることもないといわれます。大事なのは自分にとって大切な人の意見をきくこと。それ以外の意見はあまり気にし過ぎず、振り回されないようにすることが大切です。
僕自身は職場で自分のことを批判する人が一人でもいるとどうしてもその人のことばかり意識してしまうことがありました。他に自分のことを認めてくれる人がいるのに、批判してくる人のことばかり考えてしまう。それで気分が落ち込んでしまうことはたくさんありました。みんなから褒められることはないしみんなから謗られることもない。そのことをよく覚えておかなければならないと思いました。
仏教では他人の評価とはその人の都合によってコロコロ変わるものだからあてにならないと教えられます。一休の歌のとおり、今日褒めても明日には悪くいわれることがある。この世は嘘の世の中ということを知ると気持ちが軽くなるきがしました。
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