生死の一大事とは何か?——親鸞聖人が求め続けた「生死出づべき道」

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親鸞聖人の生涯を貫く最大のテーマは、

「生死の一大事」

でした。

親鸞聖人は29歳まで比叡山で厳しい修行を続けられましたが、その目的は名誉や地位を得ることではありません。

ただ一つ、

「どうすれば生死の迷いを離れることができるのか」

という問題を解決するためでした。

目次

生死の迷いとは

仏教でいう「生死(しょうじ)」とは、

生まれては死に、死んではまた生まれることを繰り返す迷いの世界をいいます。

これを、

・生死輪転(しょうじりんてん)

・流転輪廻(るてんりんね)

ともいいます。

私たちは人生の中で、、

・思い通りにならない苦しみ

・老いの苦しみ

・病気の苦しみ

・死の苦しみ

に悩まされ続けています。

そして死んで終わりではなく、再び迷いの世界をさまよのが輪廻の世界だと説かれています。

親鸞聖人は、この生死輪転から抜け出す道を真剣に求められたのです。

親鸞聖人が比叡山で求めたもの

9歳で出家した親鸞聖人は、比叡山で20年間にわたり修行を続けました。

昼夜を問わず修行と学問に励み、

「生死出づべき道」

を探し求められました。

しかし、どれほど努力しても煩悩はなくならず、自力の修行によって生死を離れる確かな道を見出すことができませんでした。

そこで親鸞聖人は深く悩まれます。

「本当に私のような煩悩具足の凡夫が救われる道はあるのだろうか」

と。

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法然上人との出遇い

そんな親鸞聖人が29歳のときに出遇われたのが、法然上人でした。

法然上人から知らされたのは、

「生死出づべき道はある」

ということでした。

しかも、その道は自力の修行によるものではありませんでした。

阿弥陀仏の本願力による救いでした。

生死を断ち切るのは他力

親鸞聖人は、

「他力」といふは如来の本願力なり

と教えられています。

他力とは他人の力ではありません。

阿弥陀仏がすべての人を救うと誓われた本願の力です。

人間が努力して悟りを開くのではなく、

阿弥陀仏の本願力によって生死を離れる身に定まるのです。

阿弥陀仏の本願についてはこちら

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金剛堅固の信心が定まるとき

親鸞聖人は和讃のなかで次のように詠まれています。

金剛堅固の信心の

さだまる時をまちえてぞ

弥陀の心光摂護して

ながく生死をへだてける

この和讃には浄土真宗の救いの要点が示されています。

金剛堅固の信心とは

金剛とはダイヤモンドのことです。

何ものにも壊されない堅固な信心を

「金剛堅固の信心」

といいます。

これは自分で作り上げる信心ではありません。

阿弥陀仏の本願を疑いなく受け入れた信心です。

生死を断ち切るのは死んでからではない

ここで大切なのは、

生死を離れることが決まるのは死後ではない

ということです。

浄土真宗では、

生きている今、金剛堅固の信心が定まることを、

平生業成(へいぜいごうじょう)

といいます。

平生業成になったときに、生死輪転を永く断ち切る身となるのです。

平生業成についてはこちらも

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親鸞聖人が明らかにされた救い

親鸞聖人は比叡山で、

「自分の努力で生死を断ち切ろう」

と求め続けられました。

しかし最終的に知らされたのは、

人間の力ではなく阿弥陀仏の本願力によって救われる

という真実でした。

だからこそ親鸞聖人は、生涯を通して他力の教えを伝え続けられたのです。

まとめ

親鸞聖人の求道の目的は、

「生死出づべき道」を明らかにすること

でした。

比叡山で20年間修行しても見つからなかった答えを、法然上人との出遇いによって知らされます。。

それは、

・生死輪転から離れる道はある

・その道は自力ではなく他力である

・他力とは阿弥陀仏の本願力である

・金剛堅固の信心が定まる一念に浄土往生が定まる

ということでした。

親鸞聖人の教えは、

「自分の力で救われる」のではなく、

「阿弥陀仏の本眼力によって救われる」

という、生死の一大事を解決する道を私たちに示しているのです。

感想

弥陀の本願力によって輪廻転生から出離できるといわれます。なかなかピンとこないが、出離できれば浄土へ往けるのだから幸せになることができるということだとわかりました。

弥陀の本願力によって、生死の一大事が解決できます。死んだらどこへいくのかがはっきりする。死んだら浄土へ往くことが定まっていたら幸せだと思います。すべての人は必ず死ぬのだから、死んだ先がどうなっているかは重要なことだと思いました。

しかし普段生活していて、そんなことを考える機会はあまりありいません。仕事や家事に追われて忙しく過ごしている人がほとんどだと思います。死んだらどうなるのかということは大事なことだが後回しにしてしまいます。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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