親鸞聖人と鎌倉仏教の祖師たちの違いとは?—肉食妻帯に込められた阿弥陀仏の本願

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鎌倉時代は、日本仏教が大きく変化した時代でした。

それまでの仏教は主に貴族や僧侶を中心としたものでしたが、鎌倉時代になると多くの高僧が現れ、一般の人々にも分かりやすい教えを説くようになります。

代表的な人物として、

・栄西(臨済宗)

・道元(曹洞宗)

・法然(浄土宗)

・日蓮(日蓮宗)

・親鸞(浄土真宗)

が挙げられます。

では、これらの祖師たちと親鸞聖人はどのような違いがあるのでしょうか。

目次

鎌倉仏教を開いた高僧たち

栄西——臨済宗の開祖

栄西は備中国(現在の岡山県)に生まれました。

13歳で比叡山に入り、後に中国の宋へ二度留学しています。

宋で禅を学び、日本に臨済宗を伝えました。

また、栄西は禅だけではなく、お茶の文化を日本へ広めた人物としても有名です。

道元——曹洞宗の開祖

道元は京都の生れです。

12歳で比叡山に入り、その後宋へ渡って禅を学びました。

帰国後は曹洞宗を開き、「ただひたすら座る」という只管打座を説きました。

また、『正法眼蔵』という日本仏教史上屈指の名著を著しています。

法然——浄土宗の開祖

法然は美作国(現在の岡山県)に生まれました。

13歳で比叡山に入り、学問と修行の両面で優れた才能を発揮します。

しかし、自力修行による悟りの難しさに悩み続けた末、黒谷で阿弥陀仏の本願に出遇います。

その後、比叡山を下りて京都の吉水に草庵を結び、念仏の教えを広めました。

日蓮——法華経を説いた僧

日蓮は現在の千葉県に生まれました。

漁師の家の出身と伝えられています。

法華経こそが人々を救う唯一の教えであるとして、

「南無妙法蓮華経」

と題目を唱えることを勧めました。

また『立正安国論』を著し、当時の幕府に対して国のあり方を訴えました。

親鸞聖人は何が違ったのか

では、これらの祖師たちと親鸞聖人との大きな違いは何でしょうか。

その一つが「肉食妻帯」です。

親鸞聖人は公然と結婚された

親鸞聖人は僧侶でありながら公然と結婚されました。

当時の仏教界では、僧侶が結婚することは「女犯の罪」とされていました。

結婚した僧侶は、

・堕落坊主

・破戒僧

・色坊主

などと厳しく非難される時代でした。

そのため、親鸞聖人の結婚は当時の常識から見れば極めて大胆な行動だったのです。

なぜ親鸞聖人は結婚されたのか

ここで大切なのは、

「親鸞聖人は結婚を肯定するために結婚をしたのではない」

ということです。

親鸞聖人が明らかにしたかったのは、

阿弥陀仏の本願は、結婚している人も、していない人も、区別なく救う

という事実でした。

もし、

「独身で厳しい修行をする人だけが救われる」

のであれば、多くの人は救いから漏れてしまいます。

しかし阿弥陀仏の本願は違います。

善人か悪人か。

出家か在家か。

男性か女性か。

結婚しているかしていないか。

そのような条件を付けず、すべてのひとを救うと誓われたのが阿弥陀仏の本願です。

阿弥陀仏の本願とは

浄土真宗で説かれる阿弥陀仏の本願とは、

「すべての人を、ありのままの姿で必ず救う」

という阿弥陀仏のお約束です。

人間は誰もが煩悩を持っています。

欲、怒り、妬み、嫉み、憎しみなどを完全になくすことはできません。

また、

・良い人になってから

・修行を完成してから

・欲をなくしてから

救われるのではありません。

煩悩を抱えたままの人間を、そのまま救うのが阿弥陀仏の本願なのです。

阿弥陀仏の本願についてはこちらから

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親鸞聖人が身をもって示されたこと

親鸞聖人は、自ら結婚生活を送りながら、

「煩悩を抱えた凡夫のままで阿弥陀仏に救われる」

ことを示されました。

これは単なる理論ではありません。

自らの人生を通して本願の救いを証明されたのです。

その意味で親鸞聖人は、

「修行ができる特別な人のための仏教」

ではなく、

「私たち普通の人のための仏教」

を明らかにされた方といえるでしょう。

まとめ

鎌倉仏教には多くの優れた祖師が現れました。

・栄西は禅とお茶を広めた

・道元は曹洞宗を確立した

・法然は専修念仏を説いた

・日蓮は法華経の信仰を広めた

そして親鸞聖人は、肉食妻帯を公然と行いながら、

「結婚していても、煩悩を抱えていても、阿弥陀仏の本願によって救われる」

ことを明らかにされました。

親鸞聖人の生涯は、

「ありのままの私を救う」

という阿弥陀仏の大悲を、身をもって示された人生だったのです。

感想

鎌倉時代の開祖と親鸞聖人とは決定的な違いがあることがわかりました。それは公然と結婚をされたことです。結婚することで非難をあびることはわかっていただろうが、それでも阿弥陀仏の本願をあきらかにするために断行されました。並大抵の覚悟ではできることではないと思います。

現代では有名人が不祥事を起こすとネットで炎上してたちまち謝罪するか表舞台から姿を消すことになりますが、親鸞聖人の信念の強さにとても驚きました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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