「家族なのだから分かってくれて当然」
「夫婦だから自分の気持ちを理解してくれているはず」
このような思い込みが、実は家族関係を壊す原因になることがあります。
仏教では、人も物も思い通りにならない「無常」の世界に生きていると教えられます。家族もまた、自分の所有物ではありません。
今回は、親鸞聖人の教えを通して、夫婦や親子関係を円満にするために大切なことを考えてみましょう。
諸行無常についてはこちらの記事も

「あの人を自分のものにしたい」という思い
恋愛をすると、
「この人を自分だけのものにしたい」
と思うことがあります。
では、どの時点で相手は自分のものになるのでしょうか。
・付き合い始めたときでしょうか
・結婚したときでしょうか
結婚はよく「ゴールイン」と表現されます。
しかし、現実には結婚したからといって安心できるわけではありません。
結婚生活には様々な課題があり、現代では離婚する夫婦も少なくありません。
結婚はゴールではなく、新しい人生のスタートです。
つまり、結婚したからといって相手が自分の所有物になるわけではないのです。
親子関係でも思い通りにいかない
親子関係も同じです。
親は、
「子どもにはこう育ってほしい」
と思います。
しかし、子どもは一人の独立した人格を持っています。
親の期待通りに行動するとは限りません。
子どもが親の言うことを聞かないことで悩む人も少なくありません。
もし子どもが自分の所有物なら、思い通りいになるはずです。
しかし現実はそうではありません。
親子であっても、お互い別々の人生を生きているのです。
仏教で教えられる大人と子どもの違いとは

自分の体でさえ思い通りにならない
さらに仏教では、
「自分自身でさえ完全には支配できない」
と教えられています。
若い頃は自由に動いていた体も、
・病気になる
・ケガをする
・老化する
などによって思い通りにならなくなります。
ある日突然、脳梗塞や重い病気によって体の自由を失うこともあります。
自分の体ですら完全に思い通りにならないのですから、他人を自分の所有物にしようとすることに無理があるのです。
親鸞聖人は「弟子一人も持たず」と言われた
親鸞聖人は『歎異抄』に次のように語られています。
専修念仏の輩の、「わが弟子、ひとの弟子」という相論の候らんこと、もってのほかの子細なり。親鸞は弟子一人もたず候
これは、
「自分の弟子だ、他人の弟子だと争うのはとんでもないことである。私は弟子を一人も持っていない」
という意味です。
親鸞聖人のもとには多くの人が集まりました。
しかし親鸞聖人は、その人たちを自分の所有物とは考えませんでした。
むしろ、
・御同行(同じ道を歩む人)
・御同朋(兄弟)
として見ておられたのです。
「つくべき縁あれば伴い、離れるべき縁あれば離る」
仏教には、
「つくべき縁あれば伴い、離れるべき縁あれば離る」
という言葉があります。
人間関係は縁によって成り立っています。
夫婦も親子も、永遠に同じ状態が続くわけではありません。
・結婚する縁
・別れる縁
・出会う縁
・離れる縁
によって人生は変化していきます。
これは冷たい考え方ではありません。
むしろ、関係が永遠ではないからこそ、今を大切にしようという教えです。
諸行無常だからこそ家族を大切にする
仏教では「諸行無常」が説かれています。
すべてのものは変化し続け、永遠に同じ状態ではありません。
夫婦も親子も例外ではありません。
だからこそ、
「どうせ家族だから大丈夫」
ではなく、
「いつまでも一緒とは限らない」
という気持ちで接することが大切です。
壊れやすい関係だからこそ、日々育んでいかなければなりません。
「分かってくれて当然」が家族関係を壊す
家族関係で特に危険なのが、
「分かってくれて当然」
という思い込みです。
職場の同僚や知人が自分を理解してくれなくても、ある程度は仕方ないと思えます。
ところが夫婦や親子になると、
・言わなくても分かるはず
・家族なのだから理解して当然
と考えてしまいます。
しかし、これは大きな誤解です。
仏教で説かれる「業」の違い
仏教では、一人ひとり異なる「業(ごう)」を持っていると教えられています。
簡単に言えば、
・育った環境
・経験
・価値観
・考え方
が一人ひとり違うということです。
夫は夫の世界を生きています。
妻は妻の世界を生きています。
親には親の見方があり、子どもは子どもの見方があります。
同じ家に住み、長年一緒にいても、完全に同じ考えにはなりません。
だからこそ、
「なぜ分かってくれないのか」
ではなく、
「どうすれば相手を理解できるだろう」
と考えることが大切なのです。
人生を決める三つの行いについて

家族関係を良くするために必要なこと
夫婦や親子が円満に過ごすために必要なのは、
相手を自分の所有物と考えないことです。
そして、
・相手を尊重する
・感謝を伝える
・コミュニケーションを取る
・相手を理解しようと努める
ことです。
家族だからこそ、言葉を尽くし、心を尽くす必要があります。
まとめ
仏教では、人も物もすべて無常であり、自分の思い通りにはならないと教えられています。
夫婦も親子も自分の所有物ではありません。
親鸞聖人が『弟子一人ももたず候』と言われたように、人を支配しようとする心を離れ、共に歩む存在として尊重することが大切です。
「家族だから分かってくれるはず」
ではなく、
「家族だからこそわかろうと努力する」
その姿勢が、夫婦関係や親子関係を長く良好に保つ秘訣ではないでしょうか。
感想
夫婦や親子関係は、相手を自分の所有物と思いこむことや、分かってくれて当たり前と思いこむことでうまくいかなくなることが分かりました。つまり相手のことを雑に扱うことが関係を悪くするということだと思います。どれだけ長く一緒にいても相手を尊重することが大事。なかなかできることではないが、人との関係のなかで重要なことだと思いました。
僕自身が人との関係がうまくいかなくなるときは、相手から雑に扱われるか、自分が相手を雑に扱ってしまったかの場合が多いと思います。どちらも相手とある程度仲がよくなったときに起こりやすいことです。だから適度な距離感が必要だと思います。
仏教では一人一人住んでいる業界が違うと教えられています。たとえ夫婦で一緒に過ごしていても、親子として一緒にいても違う世界に住んでいる。だから、分かり合えない。でも分かり合えないとわかっていたら必要以上にわかって欲しいと思わなくてもいいと思います。少し寂しく思うが、それがちょうどいい距離感になると思いました。
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