「愚痴を言わない人はすごい」
そう感じたことはないでしょうか。
実は、愚痴を言わない人は我慢しているのではありません。
愚痴そのものが間違いだと知っている人なのです。
この記事では、仏教で説かれる「愚痴の本当の意味」と、愚痴を言わない人がなぜ賢いのかをわかりやすく解説します。
愚痴とは何か?仏教でいう本当の意味
賢い人ほど愚痴を言わないのはなぜか?
自分の言っているその愚痴が間違いだからということが分かっているからです。
愚痴を言うとは今日では不平不満をまき散らしたり、自分の感情を吐きだすことを「愚痴を言う」と使います。この「愚痴」というのは、もともと仏教の言葉で「心」こと。
「愚痴の心」といい、言葉じゃなく心のことをいいます。
どんな心かというと、他人を恨んだり、憎んだり、ねたんだりする心のことです。
つまり愚痴とは、言葉ではなく「心の状態」です。
なぜ人は「生きる意味がわからない」と感じてしまうのか、その根本原因はこちらで詳しく解説しています。
なぜ愚痴はだめなのか?愚かだといわれる理由
この心のことをお釈迦さまは「愚」というのは愚か「痴」もアホという意味だから「愚痴」とはバカ、アホの心だといいました。
なぜ、他人を恨んだり、憎んだりする心をバカだと言われるのかというと「因果の道理」を認めない心だからです。
愚痴の原因は「他人のせいにする心」
アイツがあんなことをやったから、アイツがあんなことを言ったから俺はこんなめにあったと思うことは仏教では「迷いの心」であると教えられる。
「他因自果」とはアイツのせいでと思う心
愚痴の正体は他人のせいにする心(責任転嫁)
「頑張っているのに満たされない」と感じる方はこちらの記事も参考になります。

仏教の答え|因果の道理とは何か
因果の道理とは原因と結果の法則ということ。
私の身の上に起きる一切の結果・運命は自分のまいたタネによって起きるんですよと教えられたのが、「因果の道理」
・善因善果
・悪因悪果
・自因自果
すべての結果は自分の行いによるもの
行動と結果の関係については、こちらで詳しく解説しています

愚痴を言わない人が賢い本当の理由
仏教では賢い人というのは「因果の道理」が分かる人。
結論、愚痴を言わないのは我慢ではなく理解。
愚痴を言わない=我慢ではない理由
よく愚痴を言わないと体に悪いストレスをため込むとよくいう人がいる。
愚痴を言わないというのは、ため込むことではなく、その考えが間違いだと気づくこと。
原因が消えればストレスも消える
愚痴を言うと損する3つの理由
人間関係が悪くなる…愚痴は聞いている側を不快にする。
信頼を失う…言い訳や責任転嫁と見られる。
成長が止まる…原因を自分に求めなくなる。
愚痴ばかり言う人の特徴とは
・自分の努力不足を棚に上げる
・他人の努力を認めない
・すぐに他人のせいにする
現実逃避のクセがある
愚痴をやめるにはどうすればいいか
ポイントは一つです。
因果の道理をよく理解すること
・起きた結果には必ず原因がある
・その原因は自分の行いにある
この視点を持つだけで、愚痴は自然と減っていきます。
では、人生の本当の目的とは何か。その答えはこちらにまとめています

まとめ|愚痴をやめると人生はどう変わるか
・愚痴は「心の問題」
・原因は「他人のせいにする心」
・仏教ではそれを迷いという
・因果の道理を知ると愚痴は減る
愚痴をやめることが人生を変える第一歩
さらに理解を深めたい方は、こちらの記事も続けてご覧ください

感想
賢い人というのは因果の道理がわかっている人のことをいう。自分の身に悪い結果がきたときに、アイツのせいだと思うことは間違った思いだと仏教では教えられます。自分にとってよくないことが起きたとき、誰かのせいにしてしまうことはよくあります。なかなか自分のまいたタネまきが悪かったとは思えません。
しかし、仏教を聞いて因果の道理を知れば、自分の考えは間違っていたとただされる。自分の行いを反省する気持ちになれます。
仏教は一度聞いたら終わりではなく、継続して聞き続けることが大事なことだと思った。仏教を学び続けることで、我が身を振り返ることができるからです。

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