大人と子供をわけるもの
よく子供のことを「ガキ」と言います。あいつの発想は「ガキ」だ、とか言いますね。
この「ガキ」という言葉は実は仏教からきている言葉です。
仏教では「ガキ」とは「餓鬼」という言葉を使います。「餓鬼」とは「餓鬼道」とか「餓鬼界」といわれる六つの迷いの世界の一つです。
「餓鬼界」は飢えで苦しむ世界です。食べ物がない、また食べ物を口に持っていこうとすると青白い炎になって消えてしまう。だからずっとお腹が減って苦しむ世界です。
この「餓鬼界」の特徴は自分のことしか考えない世界。
自分が飢えで苦しんでいるので欲しい欲しいと思い、人のことなど構っていられない状態。
飢餓の状態になると人間は「我利我利亡者」の本性がでる。「我利我利亡者」とは仏教の言葉で自分さえよければ他の人なんてどうなってもいい。自分のことしか考えることができないことをいう。
子供のことを「ガキ」というのは、子供は「我利我利亡者」の本性がむき出しで自分のことしか考えていないから。他の人を気遣うとか配慮することができない。
それはたとえ年齢は大人でも精神的には「ガキ」という人はいる。
人を利用しようとしか考えていない人や、自分が得をすることばかり考えている人もいる。
これは頭が良くていい大学をでている、仕事ができる、知識が豊富で流暢に人と話ができる人も、精神的に「ガキ」という人はたくさんいる。
それに対して、仕事や人と会話することが未熟な人でも相手のことを思いやれることのできる人は大人であるといえます。
こういう大人のことを仏教では「ダンナ」と言います。「ガキ」に対して「ダンナ」

大人として生きる
「ダンナ」というのは今日では夫のことを「旦那」といいます。
もともとは仏教の言葉の「ダーナ」からきたといいます。サンスクリット語で「ダーナ」とは布施という意味です。
布施とは仏教で教えられる六度万行の一つにあります。
布施とは今日の言葉でいうと親切することや、人に与える人、という意味です。
「ダーナ」という言葉が日本に入ってきて「ダンナ」と言われるようになりました。
「ダンナ」とは一家の長のことをいいますが、それは家族を養う人、妻や子供に与える人、という意味を持つからです。
「ダンナ」なのか「ガキ」なのかは与える人、なのか貰うことばかりの人、なのかに別れます。
どうしたら大人になれるか
どうしたら大人になれるのかというと、一つは仏法を聞くことです。
なぜかというと、仏法を聞くということは自分の姿を常に見つめさせられるからです。
それは、自分の本性、餓鬼の実態、我利我利亡者の自分がわかります。
だからお釈迦さまは仏教は「法鏡」なりと言われました。
法とはダルマといい真実とかありのままという意味です。法鏡とは本当の自分の姿を映し出す鏡のことをいいます。
そして仏教は布施の大切さを重ね重ね教えられています。人に与えることで自分が幸せになれると常々教えられています。
どうしたら大人になれるか二つ目は、縁を大事にすることです
善い縁に近づきましょうということです。
精神的に与える人に接することで、自分も与える人に成長することができる。
夫婦でも親子でも友人関係、あるいは職場の中でも与える人がいたらその人と近づき親しむことで、自分も与える人になることができる。
縁を大事にすることにはそういう意味がある。
仏教では縁によってに人間はどうにでもなると教えられています。

感想
仏教では人に与える人のことをダンナといい、貰うことばかりの人をガキという。自分はどちらかと考えると、ダンナでありたいという気持ちは持っています。
でもそれは自分に余裕のある時であって、もし余裕がなかったら、たちまち我利我利亡者のガキになってしまうなと思う。
仏教は人間の本質を見抜いていて驚嘆するばかりです。
仏教を聞くことと、縁を大事にすれば大人になれるというならば、僕自身は十分大人になれる条件を満たしている。
でも今以上に自分を成長させたいと思っているので、仏教を聞くことも、縁を大事にすることもさらに力を入れていきたいです。
コメント