ささいな行いはムダではない|仏教の因果の道理からわかる努力の本質

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「こんな小さなことをやっても意味がないのではないか」

そう思って、努力が続かなくなる人は少なくありません。

しかし仏教では、まったく逆のことが教えられています。

それが、

・まかぬ種は絶対に生えぬ

・まいた種は必ず生える

という因果の道理です。

この考え方を知るか知らないかで、努力できる人と、努力できない人は大きく分かれます。

目次

仏教の「業」とは何か|行いが未来をつくる

ここでいう「種」とは、仏教でいう業(ごう)=行いのことです。

仏教では、

・善い行い(善業)→幸せな結果

・悪い行い(悪業)→不幸な結果

を生むと教えられています。

これを因果の道理といいます。

この因果の道理がわかると、「ささいな行い」をムダだとは思わなくなります。

小さな善を軽んじてはいけない理由(ダンマパダ)

仏典の経典『ダンマパダ』にはこう説かれています。

善を軽んずるな。水が一滴ずつでも滴り落ちるならば、水瓶でも満たされる。気をつけている人は、水を少しずつでも集めるように善を積むならば、やがて福徳にみたされる。

これは、「こんな小さな善は意味がない」と思ってはいけない、という教えです。

水が一滴ずつたまって水瓶が満たされるように、善い行いもコツコツ積み重ねれば、やがて大きな幸せとなります。

つまり、

小さな善を習慣化することが、人生を変えるカギなのです。

コツコツ努力する人とサボる人の決定的な差

今日一日だけで見れば、

・努力するかしないか

・やるかやらないか

で大きな差はでないかもしれません。

しかし、

・毎日コツコツ努力する人

・小さなことをムダだと考えてサボる人

では、数年後に圧倒的な差が生れます。

これは仕事でも収入でも、人間関係でも同じです。

小さな積み重ねが、やがて取り返しのつかない差になるのです。

悪い行いも同じように積み重なる

『ダンマパダ』では、悪についても同じように説かれています。

悪を軽んずるな。水が一滴ずつでも滴り落ちるならば、水瓶でも満たされるのである。愚かな者は、水を少しずつでも集めるように悪を積むならば、やがてわざわいにみたされる。

例えば、

・ちょっとした嘘

・少しのサボり

・小さな不誠実

これらも「ささいだから大丈夫」と思っていると、やがては大きな災いとなって返ってきます。

これは家庭でも同じです。

夜遅くに帰るとき、

・家族に一言連絡するか

・何も言わずに帰るか

その違いはすぐには現れません。

しかし5年、10年と積み重なれば、

・温かい家庭

・冷たい家庭

という大きな違いになります。

因と縁で結果が決まる|すぐに結果がでなくてもいい

「まいた種は必ず生える」といっても、結果が出るタイミングはさまざまです。

仏教では、

・因=行い(種)

・縁=人や環境

がそろったときに結果が現れると教えられます。

例えば、カボチャの種をまいても、次の日に実がなることはありません。

季節や環境(縁)が整って、はじめて実になります。

つまり、

すぐ結果が出なくても、まったく問題ないのです。

むしろ、時間がかかるものほど大きな結果になることもあります。

努力できな人の思考パターン

努力が続かない人は、次のように考えがちです。

・「こんな小さなことはムダ」

・「目立つことだけやればいい」

その結果、

・地道な努力を軽視する

・見られていないところで手を抜く

ようになります。

しかし、現実は逆です。

目立たない努力こそが、未来を決めるのです。

どんな小さな行いもムダにならない理由

仏教では、

・1つまけば1つの結果

・3つまけば3つの結果

が生じると教えられます。

どんなに小さな行いでも、ムダになることは絶対にありません。

たとえ今どんな状況でも、

善い種をまき続ければ、結果は必ずよくなる

のです。

「今さら何をやってもムダ」ということは、決してありません。

まとめ|ささいな行いを続ける人が人生を変える

仏教の因果の道理からわかることは、とてもシンプルです。

・ささいな行いを軽んじない

・小さな善をコツコツ続ける

・結果を急がない

この積み重ねが、

・成功

・信用

・幸せ

すべてにつながっていきます。

誰かが見ているかどうかは関係ありません。

まいた種は、必ず生える

この真理を信じて、今日の小さな一歩を大切にしていきましょう。

感想

努力できる人は、まいた種は必ず生える、ということを知っている人だという。やればやっただけの結果がでる。一まいたら一の結果。三まいたなら三の結果が出る。

どんなにささいな行いも決してムダではないことを知ると、ささいなことを疎かにしてはいけないという気持ちにさせられます。どうしてもささいなことはやっても意味がないと思ってしまうが、改めて教えを学ぶと反省させられます。

因果の道理を知ると幸せになる原理原則がわかり、自分の行動を変えていくことができます。向上心もわき、さらに頑張ろうという気持ちにさせられるので、人生にとても役に立ちます。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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