仏教における家族の存在とは?親鸞聖人が教えられた在家仏教

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「仏教は家族を捨てる教えなのか」

仏教について学び始めると、この疑問を持つ人は少なくありません。

なぜなら、お釈迦様は妻子や王族としての地位を離れ、出家されたからです。

しかし、親鸞聖人が明らかにされた仏教は、家族を持ったまま本当の幸せを求めることのできる教えでした。

今回は、仏教における家族の意味について考えてみましょう。

目次

お釈迦様はなぜ出家されたのか

出家とは、文字どおり「家を出る」ことです。

お釈迦様は29歳のとき、王子としての地位や家族との生活を離れ、真実を求める修行の道へ進まれました。

当時のインドでは、

「家族や財産への執着が悟りを妨げる」

と考えられていました。

お釈迦様の息子の名前はラゴラと伝えられています。

ラゴラには「束縛者」という意味があります。

子供が生まれれば育てる責任が生じます。

家族がいることで自由に行動できなくなる面があることを、お釈迦様は素直に見つめておられたのです。

家族は喜びでもあり苦しみでもある

家族は人生において最も身近で大切な存在です。

しかし同時に、最も悩みや苦しみを与える存在にもなります。

仏教では人生の苦しみとして、

愛別離苦(あいべつりく)

愛する人と別れなければならない苦しみ。

親、配偶者、子供との死別は、多くの人にとって耐え難い悲しみです。

怨憎会苦(おんぞうえく)

嫌いな人と会わなければならない苦しみ。

家族だからこそ意見がぶつかり、憎しみや怒りが生じることもあります。

家族は幸せの源であると同時に、苦しみの原因にもなるのです。

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親鸞聖人が開かれた「在家の仏教」

親鸞聖人は、従来の「出家して修行する仏教」だけではなく、

家族を持ちながら仏道を歩む道を示されました。

親鸞聖人ご自身も結婚され、家庭を持たれています。

これは当時としては画期的なことでした。

親鸞聖人の教えは、

「家族を捨てなければ救われない」

というものではありません。

むしろ、

「煩悩を抱えたままの私たちが、そのまま救われる道」

を明らかにされたのです。

よく、

「親鸞聖人は山上の仏教を山下の仏教にされた」

と言われます。

修行者だけの仏教ではなく、庶民のための仏教を開かれたのです。

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家族は深いご縁で結ばれている

仏教には、

袖触れ合うも多生の縁

という言葉があります。

道ですれ違うだけでも、過去からの深いご縁によるものだという意味です。

世界の人口は約80億人います。

その中で出会い、名前を呼び合い、日常を共にする人はごくわずかです。

家族となればなおさらです。

夫婦、親子、兄弟姉妹として出会うご縁は、計り知れないほど深いものといえるでしょう。

だからこそ家族との別れは苦しく、また時には衝突も起きるのです。

家族を通して人生の真実を知らされる

仏教の教えは、家族を通して実感されることが少なくありません。

親の老いを見て老苦を知り、

病気によって病苦を知り、

大切な人との死別によって死苦愛別離苦を知る。

家族との関りの中で、

「人生は思い通りにならない」

という現実に向きあうことになります。

そして、

「では、この人生で変わらない幸せはあるのだろうか」

という問いが生まれるのです。

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「子は知識なり」と言われる理由

仏教には次のような歌があります。

夢の世を あだに儚き 身と知れと 教えて還る 子は知識なり

「知識」とは、仏教へ導いてくれる先生のことです。

例えば、わが子を亡くした母親が、その悲しみをきっかけに寺へ足を運ぶことがあります。

最初は子供の供養のために仏教を聞き始めます。

しかし聞法を続けるうちに、

「仏教は亡くなった子供のためだけではなく、自分自身の問題を解決する教えだった」

と知らされます。

そして人生の本当の幸せを求めるようになるのです。

そのとき母親は、

「亡くなった子供が仏縁を結んでくれた」

と感じることがあります。

だからこそ、

「子は知識なり」

と言われるのです。

まとめ

仏教は単純に「家族を捨てる教え」ではありません。

確かにお釈迦様は出家されましたが、親鸞聖人は家族を持ったままで本当の幸せを求める道を明らかにされました。

家族は、

・深いご縁で結ばれた大切な存在

・喜びを与えてくれる存在

・苦しみを教えてくれる存在

・仏縁を結んでくれる存在

でもあります。

家族との出会いや別れを通して人生の無常を知り、本当の幸せを求める心が育まれていくのです。

感想

家族の存在とは愛する存在でありときには憎しみの存在にもなります。それでも家族というものはかけがえのないものだといえます。

僕自身は学生時代、父とは不仲で嫌いでした。一緒に暮らすのがどれだけ嫌だったか。ずっと嫌いだったが、母が癌になり闘病生活になってからは驚くほど変りました。今までの父と母の関係は、昭和によくある亭主関白で母はよく耐えていたと思います。そんな父が母の世話や家事をとても積極的にしてくれるようになりました。信じられないくらいの変化でした。母が亡くなった後も四十九日までしっかり仏壇に読経してくれました。母のことにこれだけ向きあってくれたのは本当に嬉しかったです。

仏教では愛別離苦と怨憎会苦が教えられています。僕は家族を通してそれを学べました。お釈迦様のいうとおりだと実感しました。まさに「仏説まことなりけり」でした。仏教の教えを身近な生活のなかで感じることは誰でもできることだと思います。教えを実感することでより深く学びたいという気持ちになる。仏教の教えは誰にとってもあてはまる教えであるといえると思いました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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