親鸞聖人の「女犯の夢告」とは?ありのままで救われる道との出会い

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浄土真宗を開かれた親鸞聖人には、「女犯の夢告(にょぼんのむこく)」として知られる有名な出来事があります。

この夢のお告げは、後に法然上人と出会い、阿弥陀仏の本願に目覚められる大きなきっかけとなりました。

目次

比叡山を下りた親鸞聖人の苦悩

親鸞聖人は9歳で比叡山に入り、20年間にわたって厳しい修行に励まれました。

しかし、どれほど修行を重ねても煩悩を断ち切ることができず、

「このまま本当に後生の一大事は解決できるのだろうか」

という深い悩みを抱かれるようになります。

そして29歳のとき、比叡山を下りて京都の六角堂へ参籠されました。

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なぜ100日間も六角堂で祈願されたのか

親鸞聖人が六角堂で100日間の参籠をされた目的は、ただ現世利益を求めたのではありませんでした。

それは、

「後生の一大事を解決したい」

という切実な願いからでした。

後生の一大事とは、

「死んだら私はどうなるのか」

「死後はどこへ行くのか」

という人生最大の問題です。

親鸞聖人は次のように記されています。

一息追がざれば 千載に長く往く

私たちは日々生きているつもりでも、次の瞬間に命が終わるかもしれません。

仏教では、

出息入息 不待命終

と教えられます。

吐いた息が再び吸える保証はなく、吸った息が再び吐ける保証もないということです。

だからこそ親鸞聖人は、後生の問題を解決せずにはおれなかったのです。

六角堂で受けた「女犯の夢告」

100日参籠の95日目の暁、親鸞聖人は夢のお告げを受けられました。

夢の中で救世観音菩薩は、

もしあなたが女性と交わりを結ぶときは、私が玉女という女になりましょう

と告げられたと伝えられています。

これが「女犯の夢告」と呼ばれるものです。

当時の仏教では、僧侶は妻帯せず、女性との関係を持たないことが理想とされていました。

しかし親鸞聖人は、自分の力で煩悩を断ち切れない現実に深く苦しんでおられました。

そのような親鸞聖人に対して、この夢告は、

「煩悩を抱えたままの人間も見捨てない」

という深い意味を持っていたと考えられています。

法然上人との出会い

夢告を受け入れられた親鸞聖人は、その後法然上人を訪ねられます。

法然上人から、

「ありのままの凡夫をそのまま救うのが阿弥陀仏の本願である」

という浄土真宗の要となる教えを聞かれました。

親鸞聖人が長年求め続けた答えは、自らの修業によって煩悩をなくすことではなく、阿弥陀仏の本願にあったのです。

阿弥陀仏の本願についてはこちら

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まとめ

親鸞聖人の女犯の夢告は、単なる不思議な夢の話しではありません。

それは、

・後生の一大事に真剣に向き合った求道の姿

・自力修行の限界に悩まれた苦しみ

・煩悩を抱えたまま救われる道への導き

を示す重要な出来事です。

六角堂での100日参籠と女犯の夢告があったからこそ、親鸞聖人は法然上人と出会い、阿弥陀仏の本願に目覚められたのでした。

感想

親鸞聖人が比叡山を降りられたのは、山の修業では後生の一大事の解決ができないからだったといいます。下山されて六角堂で100日の祈願をされているとき、女犯の夢告があったという。一般庶民が普通の生活をしていて夢告があることなどないと思います。特別な修行をした人でなければ夢告を見ることはないだろうと思います。

親鸞聖人は法然上人とで遇わられ阿弥陀仏の本願を知られる。阿弥陀仏の本願によって後生の一大事の解決をされた。法然上人とので遇いは運命的で必然的でもあったと思いました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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