老後の不安はなぜ消えない?仏教が教える「後生の一大事」とは

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「老後が不安」

「病気になったらどうしよう」

「死ぬのが怖い」

現代では、年金問題、健康問題、孤独問題など、老後への不安が語られています。

しかし仏教では、老後の問題よりもさらに大きな問題があると教えられています。

それが、

「後生の一大事」

です。

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目次

後生の一大事とは何か

仏教でいう「後生」とは死んだ後の世界のことです。

そして「一大事」とは、人生で最も大きな問題という意味です。

つまり、

後生の一大事とは「死んだ後、自分はどうなるのか」という人生最大の問題

をいいます。

すべての人は必ず死を迎えます。

だから後生の一大事は、一部の人だけの問題ではなく、すべての人に共通する問題なのです。

なぜ老後は心配するのに、死後は考えないのか

多くの人は老後については真剣に考えます。

・貯蓄を増やす

・健康に気をつける

・保険に入る

・年金を心配する

もし「老後になったら、そのとき考えればいい」と何も準備しない人がいたら、不安になります。

ところが、死後については、

「死んだら死んだときさ」

「考えても仕方ない」

と後回しにしてしまう人が少なくありません。

しかし仏教では、それは非常に危ういことだと教えられます。

なぜなら、

・老後を迎えられるかどうかは分からない

・しかし死は必ず来る

・しかも今日来るかもしれない

からです。

「後の世と聞けば遠きに似たれども」

親鸞聖人の和讃に、次の言葉があります。

後の世と 聞けば遠きに 似たれども 知らずや今日も その日なるらん

「死後の世界のことなど、ずっと先の話のように思っていた。しかし今日がその日になるかもしれない」

という意味です。

死は老人だけの問題ではありません。

年齢に関係なく、誰にでも突然訪れる可能性があります。

だから仏教では、「今、生きている間に後生の問題を解決しなければならない」と教えられるのです。

老後不安の根底にあるもの

仏教では、老後の不安や老いの苦しみの根底には、

「死んだらどうなるのか分からない不安」

があると教えられています。

お金の不安、健康の不安、孤独の不安——。

それらを突き詰めると、最後は「死」への不安につながっていきます。

「踏み迷う知らぬ旅路の夕暮れに」

こんな歌があります。

踏み迷う 知らぬ旅路の 夕暮れに 宿の無き身の 心地こそすれ

知らない山道で道に迷い、夕暮れになった旅人の不安な姿です。

夜になれば獣も現れる。

それなのに、まだ休む宿が見つからない。

これは仏教で、

死に直面した人間の不安な姿

を表しているといわれます。

どこへ向かうのか分からない。

心から安心できる場所がない。

それが後生未解決の姿だと教えられるのです。

後生の一大事が解決した人の世界

仏教では生きている間に後生の一大事を解決できると教えられています。

その安心の世界を「信楽(しんぎょう)」といいます。

そして、その心境を表した歌がこちらです。

踏み迷う 知らぬ旅路の 夕暮れに 宿をとりたる 心地こそすれ

道に迷って不安だった旅人が、安心して休める宿を見つけた姿です。

死への不安が解消されたとき、人は深い安心を得られると仏教では説かれています。

後生の一大事が解決すると、老いや病気の見方が変わる

後生の問題が解決されると、老いや病気そのものが消えるわけではありません。

しかし、それらに対する見方が変わると教えられています。

・老いを恐怖だけで見なくなる

・病気を人生を見つめる縁と受け止められる

・限りある命の尊さに気づく

つまり、

不安の種だったものが、人生を深く見つめる「感謝のタネ」に変わる

のです。

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まとめ|仏教が教える本当の安心

現代では老後資金や健康寿命ばかりが注目されています。

もちろん、それらも大切です。

しかし仏教では、

「老後の問題よりも先に、死後の問題を見つめよ」

と教えられています。

死は必ず訪れるからです。

そしてその問題が解決できたとき、

・老い

・病気

・死

さえも、超える幸せになることができると説かれています。

感想

老後のことを心配するのは当たり前だと感じるが、死後のことを考えるのは当たり前だと感じない。必ず死後はやってくるのに死んだら死んだときさと思ってしまいます。死後のことは考えてもわからないから考えても無駄のように感じていました。

普段生活していて何か困ったとき、誰の意見に従うかが問題になります。信頼できる人、尊敬する人、同じ悩みを克服した人などを頼りにします。死後のことを教えられている仏教はお釈迦様の教えです。お釈迦様は信頼でき、尊敬もあり、同じ悩みを克服した人だから、その教えには真実性があると思いました。死後のことは考えても無駄だと思うとき、お釈迦様の教えを聞いてみることも一つの手段だと思います。そうすることで死後に対する考え方はずいぶん変わってきます。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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