人生は泡沫——「一炊の夢」が教える人生の真実

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私たちは、「幸せになりたい」「成功したい」と願いながら生きています。

しかし、どれほど努力しても手に入れたものでも、いつかは失われてしまいます。

仏教では、この人生を「泡沫(うたかた)」と表現します。

泡沫とは、水面に浮かんでは消えていく泡のことです。

人生もまた、長いようで振り返れば一瞬の出来事に過ぎません。

そのことを教える有名な故事に「一炊の夢(いっすいのゆめ)」があります。

目次

一炊の夢とは何か

昔、中国に盧生(ろせい)という若者がいました。

彼は才能がありながらも世に認められず、不遇な日々を送っていました。

「このままでは終われない。都へ出て立身出世しよう」

そう決意して故郷を後にします。

旅の途中、一見の茶店に立ち寄りました。

店では粟飯(あわめし)を炊いていましたが、まだ出来上がるまで時間がかかります。

そこで隣りにいた翁に身の上話をしました。

「どうしても成功したいのです」

翁は静かにうなずき、

「食事ができるまで少し眠るがよい」

と言って枕を貸してくれました。

盧生はその枕で横になります。

栄華を極めた夢の人生

眠りについた盧生は夢を見ます。

夢の中で彼は都へ出て、難関試験である科挙に合格しました。

官僚となり、仕事で認められ、上司の娘と結婚します。

さらに戦功を立て、出世を重ねていきました。

しかし人生は順風満帆ではありません。

周囲の妬みによって讒言され、左遷されます。

それでも努力を続け、再び都へ戻り、ついには国の宰相にまで昇りつめました。

ところが再び密告によって失脚し、流刑になります。

絶望のあまり自ら命を断とうとしますが、周囲に励まされて思いとどまります。

やがて冤罪だったことが明らかとなり、再び宰相として返り咲きました。

その後は栄耀栄華を極め、子や孫にも恵まれ、誰もが羨む人生を送ります。

死の瞬間に目覚めた

やがて盧生は80歳になりました。

重い病にかかり、死を迎える時が訪れます。

「私の人生も終わるのか……」

そう思いながら息を引き取った瞬間、

暗闇へ落ちていく感覚の中で、はっと目を覚ましました。

するとそこは茶店でした。

翁らから借りた枕で昼寝をしていたのです。

驚く盧生に翁は尋ねました。

「夢は叶ったかな」

盧生は答えます。

「はい。夢は叶いました。しかし、目が覚めてしまいました」

すると翁は静かに言いました。

「人生というものは、そのようなものじゃ」

ふと見ると、粟飯はまだ炊き上がっていませんでした。

成功も失敗も、栄光も挫折も、長い人生そのものが、粟飯が炊けるまでのわずかな時間の夢に過ぎなかったのです。

これを「一炊の夢」といいます。

蓮如上人が教えられた人生の真実

蓮如上人は『白骨の章』に

この世の始中終、幻のごとくなる一期なり

と教えられています。

人生の始まりから終りまでを振り返れば、まるで幻のような一生だということです。

若い頃には永遠に続くと思っていた日々も、年を重ねるとあっという間だったと感じる人は少なくありません。

学生時代、就職、結婚、子育て、定年。

その時々では大問題だったことも、振り返れば夢のように過ぎ去っていきます。

私たちは何にしがみついているのか

人間の姿は、荒海に浮かぶ板切れにしがみついている人にたとえられます。

私たちが頼りにしているものを挙げてみると、

・学歴

・仕事

・地位

・財産

・会社の評価

・家族

・健康

・老後の蓄え

などがあります。

もちろん、どれも人生において大切なものです。

しかし、それらは永遠に続くものではありません。

会社は倒産するかもしれません。

健康は失われるかもしれません。

人間関係も変化します。

そして死を迎える時には、どれ一つ持っていくことはできません。

どれほど丈夫な板切れであっても、最後には必ず手放さなければならないのです。

人生の虚しさを感じることは悪いことではない

現代では「人生は素晴らしい」「前向きに生きよう」という言葉をよく耳にします。

もちろん前向きに生きることは大切です。

しかし、どれほど努力しても失われるものがあることも事実です。

その現実に直面したとき、

・なぜ生きるのか

・幸せとは何か

・死んだらどうなるのか

という問いが生まれます。

仏教は、この問いから始まります。

人生の虚しさを感じることは、決して後ろ向きなことではありません。

むしろ、それは本当の幸福とは何かを求める第一歩なのです。

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まとめ

「一炊の夢」は、成功や失敗、栄華や没落を繰り返した人生でさえ、目覚めれば一瞬の夢のようなものであることを教ています。

仏教では、この無常の現実を見つめるところから人生の問題を考えます。

蓮如上人が教えられるように、

この世の始中終、幻の如くなる一期なり

です。

人生の虚しさに気づいたときことそ、

「失われない幸福とは何か」

を尋ねる仏教の出発点に立ったといえるでしょう。

感想

人生とはあっという間に過ぎていきます。一炊の夢の物語は人生とは夢を見ていたようなものだということを教えてくれます。夢や目標を達成するために一生懸命生きる。それがよい人生だと一般的にはいわれます。臨終の際にいい人生だったといえるように頑張る人も多いと思います。しかしそれは生きている間のことで、死んだ後のことはどうなるかわかりません。必ず死がやってくるのに死んだ後のことを問題にする人はいないと思います。

仏教では必ず死がやってくるのに、なぜ生きなければならないか、が教えられています。生きているときに果たさなければならないことがあります。それが後生の一大事と教えられます。生きている間に死んだ後にどこへいくのかをはっきりさせる。それが生きる目的だと教えられています。

人生はあっという間に過ぎていくが、何に時間を使うかが大事になってきます。仕事なのか家庭なのか趣味なのか。どれに時間を使うのかは人それぞれだが、仏教に時間をかけることも大事なことだと思いました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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