要約
親鸞聖人にあと一年しか生きられないとしたらどうしたいいでしょうと質問する
→ 答え 仏教を聞きなさいと答えるだろう
呼吸のあいだ、すなわちこれ来生なり。一たび人身を失いぬれば、万劫にもかえらず。この時悟らざれば、仏、衆生をいかがしたまわん。願わくば深く無常を念じて、いたずらに後悔をのこすことなかれ (親鸞聖人 教行信証)
三世
前生 前世 多生 生まれる前の世界
今生 現生 人身 生きている世界
来生 後生 万劫(一劫=4億3200万年) 死んだ後の世界
どこから来たのか(前世)わからずどこへ行くのか(来生)わからない夢遊病者の旅人であると仏教ではいわれる
未来はわからないからどうでもいいわけではない
→ 人間は必ず死ぬ 死んだ後の世界に必ず行く
将来を考えなければならないとき
→ 大学生の場合 職業
→ 50代の場合 老後 定年後
職業も老後も必ずある将来とは限らない それを迎える前に自分が死んでしまう可能性もある
→ 後生 来生は必ずすべての人にやってくる将来
人間の命とは
→ ガンジス川に流れる泡沫のようなもの
仏法を聞けるのは人間に生まれたときだけ
人身受け難し今已に受く
→ 生まれ難い人間に生まれることができて良かったという喜び
老い 死へのシグナル 死が迫ってきているというサイン → 病 病は死の便り もうすぐ死にますよというサイン → 死
感想
もしあと一年しか生きられないとしたら仏教を聞いた方がいいという。それは生きている間に後生の一大事を解決するためだ。人間に生まれたということは、どれほど長い年月生まれ変わり死に変わりを繰り返してきたことか、と仏教では説かれる。人間に生まれることは難しい。だからこそ、人間として生きている間に果たさなければならないことが、後生の一大事だという。後生の一大事の解決とは浄土に往き、仏に生まれることが決まることだといわれる。
仏教で使われる時間の単位はとてつもなく長いことに驚く。万劫とは1万×4億3200万年という膨大な年月をあらわしている。その間に生まれ変わり死に変わりを繰り返しているという。人間に生まれることはとても確率は低く、たとえ人間に生まれてもたった100年しか生きられない。ガンジス川に流れる泡沫のようなものといわれることに納得がいく。
仏教では人間に生まれて仏法を聞かなければ、迷いの世界から出離するチャンスがないと説かれる。今こうして仏法に出会い、聴聞ができるということはチャンスが巡ってきたといえる。
これからも聴聞を続けていきたい。
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