人生には、思い通りにならないことがあります。
仕事で失敗した。人間関係がうまくいかなかった。努力したのに結果が出なかった。
そんな挫折を経験すると、
「どうして自分だけこんな目に遭うのだろう」
と落ち込んでしまうこともあるでしょう。
しかし、起きてしまった出来事を変えることはできなくても、その出来事をどう受け止め、これからどう行動するかは変えられます。
仏教では、私たちの行いを「業(ごう)」といいます。
過去の行いが現在につながり、現在の行いが未来へとつながっていく。だから大切なのは、失敗したところで立ち止まるのではなく、そこから何を学び、どんな種をまいていくかです。
今回は、挫折や失敗から立ち直るために役立つ5つの口癖を、仏教の教えとともに紹介します。
1.「勉強になった」――失敗を学びに変える
挫折したときに、まず使いたい言葉が、
「勉強になった」
です。
ほかにも、
「学びになった」
「高い授業料だった」
と考えてみるのもよいでしょう。
挫折や失敗は一つの「結果」です。
その結果には何らかの原因があります。
仏教では、原因があって結果が生じることを因果の道理と教えます。
失敗したなら、
「なぜ、こうなったのだろう」
と原因を振り返る。
自分に改善できるところがあったなら、同じ失敗を繰り返さないよう行動を変えていく。
そうすれば、失敗は単なる失敗ではなく、未来を変えるための学びになります。
骨折れば より強くなる 何事も
骨折した部分が治る過程になぞらえるように、挫折を経験したからこそ強くなれることがあります。
失敗は終わりではありません。次の行動を変えるための材料です。
「勉強になった」と言葉にすることで、過去への後悔から未来へと目を向けやすくなります。
因果の道理についてはこちら

2.「今の自分に必要だった」――苦しみから意味を見つける
二つ目は、
「今の自分に必要だった」
という言葉です。
人生には、
「あんなことさえなければ……」
と思うような出来事があります。
もちろん、苦しい出来事そのものを無理に肯定する必要はありません。
しかし時間がたって振り返ったとき、
「あの失敗があったから考え方を変えられた」
「あの挫折があったから新しい道を選べた」
と思えることがあります。
苦に病むな 憂いも辛いも 御方便
仏教では、苦しみを通して大切なことに気づかされることがあります。
だから挫折したときには、
「今回の出来事は、自分に何を教えているのだろう」
と考えてみる。
苦しみをただ苦しみで終わらせず、そこから学べるものを探すことが、挫折をチャンスに変える第一歩になります。
人生の選択は自分で決めたこと

3.「こうきたか」――諸行無常を知れば逆境に強くなる
三つ目は、
「こうきたか」
です。
人生では、予想もしなかった出来事が起こります。
そんなとき、
「なんでこんなことになったんだ」
「なんで自分ばかり」
と思い続けていると、起きた出来事に心を奪われてしまいます。
仏教には諸行無常という教えがあります。
この世のすべては移り変わり、いつまでも同じ状態ではありません。
天気にも晴れの日があれば、雨の日もあります。突然雷が鳴る日もあります。
人生も同じです。
順調な日もあれば、思い通りにならない日もあります。
そこで、
「こうきたか。さて、どうする?」
と考えてみるのです。
大切なのは、「なぜこんなことが起きたのか」と嘆き続けることではなく、起きたことに対して、これから自分はどうするかです。
諸行無常だからこそ、悪い状態も永遠には続きません。
自分の行動によって、未来はまた変わっていきます。
逆境のときにはこう考える

4.「これも己の業だ」――人のせいにせず自分の行動を見つめる
四つ目は、
「これも己の業だ」
という言葉です。
「業」とは、仏教で行いという意味です。
仏教では、
善因善果・悪因悪果・自因自果
と教えられます。
善い行いは善い結果につながり、悪い行いは悪い結果につながる。そして、自分の行いの結果は自分が受けていくという教えです。
仕方なや まいた種なら 生えるもの
畑に種をまけば、やがて芽が出ます。
人生も同じように、どんな種をまくかが大切です。
ただし、この教えは他人の不幸を見て、
「あの人が悪いことをしたからだ」
と責めるためのものではありません。
まして、犯罪や理不尽な被害まで被害者の責任だと決めつけるものでもありません。
大切なのは自分自身に向けて因果を考えることです。
失敗したとき、
「全部あいつのせいだ」
と他人だけを責めても、自分の未来はなかなか変わりません。
「自分に改善できるところはなかっただろうか」
「これからどんな種をまけばいいだろうか」
と自分の行動を振り返る。
そこから未来を変える一歩が始まります。
自分の人生は自分に責任がある

5.「この程度で済んでよかった」――ないものより、あるものを見る
五つ目は、
「この程度で済んでよかった」
です。
失敗すると、私たちは失ったものばかりを見てしまいます。
しかし見方を変えれば、
「もっと大きな失敗になる前に気づけてよかった」
「大切なことを学べた」
「やり直せるうちでよかった」
と考えることもできます。
仏教には、苦難を通して大切なことに気づかされるという受け止め方があります。
だから、
「この程度で済んでよかった。ここからやり直そう」
と考えてみる。
すると「失ったもの」だけではなく、「まだ残されているもの」にも目が向くようになります。
仕事で失敗しても、やり直せるかもしれない。
人間関係で失敗しても、自分の言動を改めることはできる。
挫折したとしても、人生そのものが終わったわけではありません。
「この程度で済んでよかった」という言葉は、苦しみの中にある感謝と再出発のきっかけを見つける言葉なのです。
挫折したときこそ「これから何をするか」が大切
挫折や失敗は誰にでもあります。
大切なのは、失敗しない人生を目指すことではありません。
失敗したあと、どんな行動をするかです。
今回紹介した5つの口癖は、
- 「勉強になった」
- 「今の自分に必要だった」
- 「こうきたか」
- 「これも己の業だ」
- 「この程度で済んでよかった」
です。
過去に起きたことは変えられません。
しかし、仏教の因果の道理からいえば、今まく種が未来の結果につながっていきます。
挫折したから人生が決まるのではありません。
そこで何を学び、どんな行動を始めるかによって、その後の人生は変わっていきます。
失敗したときこそ、
「さて、ここからどんな種をまこうか」
と考えてみてはいかがでしょうか。
挫折は、人生を立て直す新しい出発点にもなるのです。
感想
挫折や失敗したときに、どのように受け止めるといいかがわかりました。僕が一番心に響いたのは、この程度で済んで良かった、と考えることです。
自分の過去にまいた種を考えればもっとひどい目にあってもおかしくない。それがこの程度で済んで良かったと受け止めることは難しいことですが、とても前向きな考え方でいいなと思いました。
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