怒りの原因は執着だった|仏教に学ぶイライラしない生き方と器の大きな人の特徴

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「どうしてこんなにイライラしてしまうんだろう」

「大切な人のことになると、つい怒ってしまう…」

そんなふうに、自分の怒りに悩んだことはないでしょうか。

実は、怒りやすい人ほど「ダメな人」なのではなく、守りたいものや大切にしてるものがある人、だともいえます。

家族、仕事、人間関係——本気で向き合っているからこそ、思い通りにならないときに怒りが生まれてしまうのです。

しかし、その一方で、「なぜこんなに腹が立つのかわからない」、「できれば怒りたくないのに抑えられない」と苦しんでいる人も多いのではないでしょうか。

仏教では、この怒りの原因をはっきりと「執着」にあると教えています。

この記事では、

・なぜ人は怒ってしまうのか

・なぜ親切にしても腹が立つのか

・どうすれば怒りに振り回されなくなるのか

を仏教の教えをもとにわかりやすく解説します。

怒りの正体を知ることで、これまでと違った見方ができるようになるはずです。

目次

なぜ人は怒ってしまうのか?守りたいものがあるほど腹が立つ理由

人は、守りたいものがあるほど怒りやすくなるものです。

大切なものを持っていると、それが傷つけられそうになったとき、強い怒りが生まれます。

例えば、熊の中で最も危険なのは、小熊を連れた母熊だといわれています。母熊は自分の子供を守るためなら、人間にも襲いかかります。

これは人間も同じです。

子供を持つ親は、守るべき存在があるからこそ強くなり、ときに怒りも強くなります。

また、会社の経営者が厳しかったり怒りやすかったりするのも同じ理由です。会社や従業員を守る責任があるため、真剣であるがゆえに怒りが生まれるのです。

つまり、怒りとは「大切にしている証拠」でもあるといえます。

仏教が教える怒りの正体|怒りは執着から生まれる

では、なぜ怒りは生れるのでしょうか。

仏教では、怒りはすべて執着から起こると教えられています。

「こうあるべきだ」

「これは失いたくない」

このような思いが強いほど、それが思い通りにならなかったときに怒りが生まれます。

執着が強いほど、現実とのズレに苦しみ、イライラしやすくなるのです。

怒りの原因は外にあるように見えて、実は自分の心の中にある執着にあるのです。

なぜ親切すると腹が立つのか?与える人ほど怒りやすい理由

怒りは「守るとき」だけでなく、「与えるとき」にも生まれます。

誰かに親切したとき、

・感謝されなかった

・思った反応が返ってこなかった

・冷たい態度をとられた

そんな経験から、腹が立ったことはないでしょうか。

仏教では、人に与える行いを「布施」といいます。

しかしそこに見返りを期待する心があると、怒りの原因になります。

「これだけしてあげたのに」という思いがある限り、相手の反応によって心が揺さぶられてしまうのです。

親鸞聖人の教え|善行にも執着が混じる理由

この人間の心について、親鸞聖人は次のように教えられています。

修繕も雑毒なるゆえに
虚仮の行とぞ名づけたる

どれほど善いことをしても、そこに見返りを求める心が混じれば、それは純粋な善ではないという意味です。

私たちは親切をしているつもりでも、

・認められたい

・感謝されたい

・評価されたい

という思いを完全に捨てきれません。

だからこそ、その期待が裏切られたとき、怒りが生まれるのです。

ここに、人間のありのままの姿があります。

怒らないために執着を手放すべきか?その落とし穴

では、怒らないためにはどうすればいいのでしょうか。

一つの方法として、最初から執着を持たない生き方があります。

・守るものを持たない

・人と深く関わらない

・親切をしすぎない

こうすれば、確かに怒ることは減るかもしれません。

しかしその一方で、人とのつながりが薄くなり、孤独で味気ない人生になる可能性もあります。

怒りを避けるためにすべてを手放す生き方は、一見楽そうに見えても、人生の豊かさまで失ってしまう恐れがあるのおです。

器の大きい人とは?怒らない人の本当の特徴

では、本当の意味で器の大きい人とはどんな人でしょうか。

それは、大切なものを持ちながら怒らない人です。

さらにいえば、人に親切をしても、見返をもとめず、腹を立てない人です。

守るものもある、人にも与える。それでも怒りに振り回されない。

これが、仏教が示す理想の姿であり、器の大きな人の特徴といえるでしょう。

まとめ|怒りをなくす鍵は執着を知ること

怒りの原因は、外の出来事ではなく、自分の内側にある「執着」にあります。

・守りたいものがあるから怒る

・与えているから怒る

・期待しているから怒る

この仕組みを知ることが、怒りに振り回されない第一歩です。

怒りを完全になくすことは簡単ではありません。しかし、自分の心の動きを理解することで、少しずつ変わっていくことができます。

仏教の教えは、そのヒントを私たちに示してくれているのです。

感想

大切なものを持っているときに誰かに邪魔されたり、親切をしても感謝されなかったりしたときは怒りがわいてしまう。器の大きな人というのはそんなときでも怒らない人のことをいう。

それはとても難しく、できる人はなかなかいないと思います。僕自身は絶対に怒ってしまうから器の小さな人間だと思いました。

大切なものを持たない生き方や人との関係をドライにする生き方ならば、イライラや腹が立つことはなくなる。でもその生き方は喜びの少ない生き方ではないだろうか。イライラや腹が立たないが喜びが少ないこと。かたやイライラや腹を立つことがあっても大きな喜びのある生き方。どちらがいいともいえないがバランスが大事だと思いました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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