守りたいものがあると怒ってしまう
人間というのは守りたいものを持っている人ほど腹を立てやすい。また、人に与えている人ほど腹を立てやすいといえます。大切なものを持っているとき、それを邪魔されそうになったら怒ってしまう。
怒りとは執着からくる。
今、熊の出没が全国でニュースになっていますが、熊の中で一番怖いのは小熊を連れた母熊だといいます。自分の子供を狙われたとき、母熊は人間に襲いかかってきます。母熊にとって小熊は大事な存在だからです。
人間も同じで子供を持つ母親が一番強いです。
仏教では怒りは必ず執着からくると教えられます。
会社などでも経営者は厳しかったり腹を立てやすかったりします。なぜなら会社を守らなければならいから、命懸けでやっているからです。腹を立てるとは真剣だからだといえます。
与えている人に怒ってしまう
誰かに親切したときも気を付けなければならない。
仏教では布施のことを親切や与えることといいます。人に布施したときに相手が自分に対して心ないことをしたときや布施に対して感謝の気持ちを述べなかったときに、相手に腹が立ってくることがあります。
親鸞聖人は次のように述べています。
修善も雑毒なるゆえに
虚仮の行とぞ名づけたる
善も親切もお礼を期待する心、見返りを期待する心が入っている。そういう善は本当の善とは言わない。そんな善をしてもウソ偽りの善、偽善だといえる、という意味。
人に与えたときに腹が立ってくる。これが人間の実態です。
そうなっても怒らない
腹を立てないために執着することや、人に与えるのをやめる人も世の中にはいる。家族など作らず飄々と生きる生き方。守るものを持たないのでイライラや怒りを持たない。そんな生き方もある。
人に親切するとかえってイライラするので人に干渉しない、ドライな生き方もある。世俗との関係を断って世捨て人のように生きる生き方。そういう人もイライラすることや腹を立てることもなくなるが、それはある意味寂しく孤独な人といえる。
器の大きな人とはどんな人かというと、大切なものを持っていながら怒らない人が器の大きな人といえる。また、親切していながら腹を立てない人ならば器の大きな人だといえます。
感想
大切なものを持っているときに誰かに邪魔されたり、親切をしても感謝されなかったりしたときは怒りがわいてしまう。器の大きな人というのはそんなときでも怒らない人のことをいう。
それはとても難しく、できる人はなかなかいないだろう。僕自身は絶対に怒ってしまうから器の小さな人間だと思った。
大切なものを持たない生き方や人との関係をドライにする生き方ならば、イライラや腹が立つことはなくなる。でもその生き方は喜びの少ない生き方ではないだろうか。イライラや腹が立たないが喜びが少ないこと。かたやイライラや腹を立つことがあっても大きな喜びのある生き方。どちらがいいともいえないがバランスが大事だと思う。
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