「仏法に卒業はない」と聞いたことがある一方で、「ここが仏教の卒業だ」と言われることもあります。
仏教に本当の”卒業”はあるのでしょうか?
この記事では、その疑問を「後生の一大事」と「仏恩報謝」という観点から、わかりやすく解説します。
後生の一大事とは何か?仏教の目的
まず結論から言うと、
仏教には目的の完成という意味での卒業があります。
その目的が「後生の一大事」の解決です。
後生の一大事とは
「後生」とは、死んだ後のこと。
死後、自分はどこへ行くのか?
これが人間にとって最大の問題であり、これを「後生の一大事」といいます。
仏教は、
この問題を明らかにし、解決するための教えです。
仏教のゴール|後生の一大事の解決
仏教は、
・後生の一大事を知ることから始まり
・後生の一大事の解決で終わる
と教えられています。
では、どうすれば解決できるのでしょうか?
大悲の願船に乗るとは
仏教では、
阿弥陀仏の「大悲の願船」に乗せていただくこと、によって後生の一大事は解決すると説かれます。
この願船に乗ることで
極楽浄土へ往くことができる
と教えられます。
平生業成とは何か
親鸞聖人は、生きているときに後生の一大事が解決する、と教えられ、
これを「平生業成(へいぜいごうじょう)」といわれました。
つまり、生きている今、この身で解決できる、ということです。
ここが「仏教の卒業」と言われる理由です。
仏恩報謝|しかし仏教に卒業はない
では、「卒業がある」と言える一方で、
なぜ「仏法には卒業はない」とも言われるのでしょうか?
それは、仏恩報謝には終わりがないからです。
仏恩報謝とは何か
後生の一大事が解決したのは、
・阿弥陀仏
・お釈迦様
の大いなる慈悲のおかげです。
その恩に対して、感謝の心で生きること、これが仏恩報謝です。
親鸞聖人の教え
親鸞聖人は、こう詠まれています。
釈迦弥陀の慈悲よりぞ
願作仏心はえしめたる
これは、
信心(後生の一大事の解決)は仏の慈悲によるもの、という意味です。
恩徳讃に込められた思い
その感謝の心を表したのが「恩徳讃」です。
如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし
どれだけ尽くしても尽くしきれない恩があることを教えています。
親鸞聖人の生涯|卒業後の生き方
親鸞聖人は、29歳で後生の一大事を解決されてから、
90歳で亡くなるまでの人生を、仏恩報謝に捧げられました。
結論|仏教に卒業はあるのか?
ここまでまとめると、
仏教には「卒業」がある
→ 後生の一大事の解決(目的の完成)
しかし「卒業はない」とも言える
→ 仏恩報謝は一生続く
解決においては卒業があり、実践においては卒業がない。
これが仏教の答えです。
最後に
「仏教に卒業はあるのか?」という疑問は、
仏教の目的とは何か?
という本質的な問いにつながっています。
もし、
・人生の意味を知りたい
・死後の不安を解決したい
と思うなら
後生の一大事に向き合うことが大切です。
感想
仏教を聞く目的は後生の一大事を解決すること。後生とは死んだ後のこと。死んだ後極楽浄土へ往ける身になれたなら、安心することができる。
後生の一大事は仏教の教えを聞くまで考えたことがなかったし、言葉自体も知らなかった。そしてその解決ができることも知らなかった。解決するためには聴聞に極まるといわれる。
聞き続けることで、阿弥陀仏の本願に対する疑いがなくなり救われるという。だから「疑心あることなし」になるまで聞き続けよという。
これからも続けて聞いていきたいです。
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