【隣の芝生は青く見える】なぜ他人が羨ましいのか?仏教「有無同然」で解決

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「どうしてあの人ばかり幸せそうなんだろう…」

そんなふうに感じたことはありませんか?

夫婦でも、職場でも、人間関係の中で「相手のほうが楽そうに見える」ことはよくあります。

しかし実際はどうでしょうか?

この問題に対して、仏教でははっきりと答えが説かれています。

それが「有無同然(うむどうぜん)」という教えです。

目次

クロススイッチが教える「隣の芝生」の正体

ドラえもんの道具に「クロススイッチ」というものがあります。

これは、目の前の人と人生を入れ替えることができる道具です。

のび太は、自分の人生が嫌になり、他人と入れ替わります。

しかし結果はどうだったでしょうか?

・先生になれば楽かと思いきや、責任が重い

・スネ夫になっても満たされない

・ジャイアンになっても能力は変わらない

・しずかちゃんになれば努力を強いられる

最初は楽しいものの、だんだん苦しくなり、最後には「もう使いたくない」と思うようになります。

ここからわかるのは、

どんな人生にも苦しみがある

という現実です。

なぜ人は他人を羨んでしまうのか

私たちは他人の「いい部分」しか見ていません。

・妻は夫が楽に見える

・夫は妻が楽に見える

・上司は部下を羨む

・部下は上司を羨む

こうして誤解が生まれ、衝突が起きます。

しかし実際には、誰もが見えないところで苦しんでいます。

「人間関係のストレスについては、こちらも参考になります」

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仏教の教え「有無同然」とは何か

仏教ではこの現実を「有無同然」と教えます。

「あっても苦しみ、なくても苦しむ」

という意味です。

【引用】有無同然(大無量寿経)

田なければ、また憂いて、田あらんことを欲し、

宅なければ、また憂いて、宅あらんことを欲す。

田あれば田を憂え、宅あれば宅を憂う。

牛馬・六畜・奴婢・銭財・衣食・什物、また共にこれを憂う。

有無同じく然り。

(大無量寿経)

有無同然を現代でわかりやすくすると

この教えを現代に当てはめると、次のようになります。

お金

・ない人 → 欲しくて苦しい

・ある人 → 失う不安で苦しい

マイホーム

・ない → 欲しい

・ある → ローンや維持費で苦しい

・ない → 不便

・ある → 維持費・事故リスク

結婚

・独身 → 寂しい

・結婚 → 自由がない

子供

・いない → 欲しい

・いる  → 悩みが増える

どちらを選んでも悩みは消えない

これが現実です。

鉄の鎖と金の鎖

仏教ではこうも説かれています。

・ない人 → 鉄の鎖で苦しむ

・ある人 → 金の鎖で苦しむ

見た目は違っても、苦しんでいることに変わりはありません。

人生は「娑婆」という世界

お釈迦さまは、この世界を「娑婆」と言われました。

娑婆とは「堪忍土」

つまり、

「堪え忍ばなければならない世界」

という意味です。

自分だけが苦しいのではなく、誰もがそれぞれの苦しみを抱えています。

有無同然を知るとどうなるか

この教えを知ると、心に変化が起きます。

・他人を羨まなくなる

・イライラが減る

・恨みの心が薄れる

・今の自分を受け入れられる

「隣の芝生は青く見える」という錯覚から抜け出すことができるのです。

まとめ

・人は他人と比較して苦しむ

・しかし誰の人生にも苦しみがある

・仏教ではそれを「有無同然」と説く

・比較をやめることで心は楽になる

感想

あの人は悩みなんてなさそうでいいな。人生順調で苦労したことなんてないんじゃないか。他人の幸せをみるとそんなことが頭に浮かびます。

しかし、どんな人でも悩みや苦しみを抱えているという。ただそれを知らないだけだからそう見える。

あってもなくても苦しみはなくならない。あればあったで苦しみ、なければないで苦しむ。人間の実態を鋭くついた教えだと思いました。

僕自身、結婚すれば幸せになれそうだというイメージを持っていましたが、結婚すればまた悩みがでてくるのかと思えば大変そうだと思いました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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