「怒らせたお前が悪い」は本当か?仏教が教える怒り(瞋恚)の正体

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「怒らせたお前が悪い」

「お前のために言っているんだ」

「ガツンと言わないとわからない」

このような言葉を聞いたことはないでしょうか。

しかし仏教では、怒りは相手の責任ではなく、怒った本人の心の問題として教えられています。

今回は、仏教で説かれる怒りの正体について解決します。

目次

仏教で怒りは「瞋恚(しんに)」という

仏教では怒りの心を瞋恚(しんに)といいます。

瞋恚は、人を苦しめる三毒の煩悩の一つです。

・貪欲(とんよく)・・・欲を求める心

・瞋恚(しんに)・・・怒りの心

・愚痴(ぐち)・・・ねたみ、そねみ、憎しみの心

怒りは一瞬で人間関係を壊し、自分自身の心も苦しめます。

そのため仏教では、怒りは慎むべき煩悩として繰り返し教えられています。

仏教で教えらる怒りの原因についてはこちらも

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「怒らせたお前が悪い」は怒りの正当化

怒った人の中には、

「怒らせたお前が悪い」

と言う人があります。

しかし仏教では、

「怒った本人に原因がある」

と教えられます。

もちろん相手に問題がある場合もあります。

しかし、同じことをされても怒る人もいれば怒らない人もいます。

つまり怒りの原因は、出来事そのものではなく、それを受け取る自分の心にあるのです。

「怒らせたお前が悪い」という言葉は、自分の怒りを正当化し、反省から遠ざけてしまいます。

「お前のために言っている」は本当に相手のためか

怒る人がよく口にする言葉に、

「お前のために言っているんだ」

があります。

確かに相手を思って注意することは必要です。

しかし、その言葉の裏に怒りや支配したい気持ちがあるなら話は別です。

仏教では、怒りから離れるためには自分自身を省みることが大切だと教えられています。

ところが、

・自分は正しい

・相手が悪い

・相手のために怒っている

と思い込んでしまうと、自分を反省することができません。

その結果、怒りはますます強くなります。

「お前のために言っている」という人の多くは、

「自分の思い通りになってほしい」

という気持ちに気づいていない場合があります。

仏教が教える怒りの原因とは

では、なぜ怒りは起きるのでしょうか。

仏教では、

怒りは欲が邪魔されたときに起こる

と教えられています。

例えば、

・思い通りに動いて欲しい

・認めてほしい

・感謝してほしい

・自分の意見を受け入れてほしい

という期待があります。

しかし現実は、自分の思い通りにはなりません。

そのとき、

「なぜ言うことを聞かないんだ」

という怒りが生まれるのです。

つまり怒りの根底には、自分自身の欲望や執着があると仏教では教えられています。

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夫婦関係で怒りは逆効果

夫婦関係でも同じです。

相手の欠点ばかりを責め続けても、関係が良くなることはほとんどありません。

例えば、

・妻の欠点を何度も批判する

・夫の失敗を繰り返し責める

・過去のことを蒸し返す

こうした行為は相手を変えるどころか、心を閉ざさせてしまいます。

夫婦関係は一方だけに責任があることは少なく、多くの場合、自分自身にも見直すべき点があります。

まず自分の行動を振り返ることが、関係改善への第一歩です。

「ガツンと言わないとわからない」の危険性

怒る人は、

「ガツンと言わないとわからない」

ということがあります。

しかし、それは怒りを正当化する考え方です。

怒鳴ることで相手が従ったとしても、それは理解したのではなく恐れただけかもしれません。

さらにエスカレートすると、

・威圧する

・脅す

・暴力を振るう

といった行動につながる危険があります。

力で相手を動かそうとする姿勢は、人間関係を壊してしまいます。

心で人を動かすことが大切

幕末の政治家である勝海舟は、

力で人を動かすのではなく心で人を動かさなければならない

という趣旨の言葉を残しています。

人は恐怖や威圧によってではなく、納得や共感によって動くものです。

怒りによって相手を変えようとするのではなく、言葉や態度によって理解を求めることが大切です。

まとめ|怒りの原因を相手に求めない

仏教では怒りを「瞋恚」といい、人を苦しめる煩悩の一つと教えられています。

怒りや強い人の特徴

・「怒らせたお前が悪い」と考える

・「お前のために言っている」と正当化する

・「ガツンと言わないと分からない」と思う

・自分の怒りを反省しない

仏教が教える怒りの見方

・怒りは自分の欲望や期待が妨げられたときに起こる

・相手を責める前に自分の心を振り返る

・怒りを正当化せず反省することが大切

怒りの原因をすべて相手のせいにしている限り、怒りから自由になることはできません。

仏教では自分の心を見つめることの大切さを教えています。

反省の中に、怒りに振り回されない人生への第一歩があるのです。

感想

怒りを正当化する人からは離れなければならないと思いました。怒りとは自分の欲が邪魔されたときにおこるもの。自分の思い通りにならないとき怒りがわくというのはよくわかります。

僕自身も普段の生活の中で、腹が立ったり怒りたくなるときがあります。そんなときはやっぱり自分の思った通りにいかないときが多いです。何でそんなことをするんだ、とか、普通ならこうするだろう、こうするのが当たり前なのに、などと思うことがあります。自分の中では当然のことだから相手もそうするのが当然だという気持ちがあるからです。しかしそれは自分勝手というもので、相手の考えを無視している。自分中心の考えになっていると反省しなければならないと思いました。

仏教では自分の思い通りにしたいという気持ちは欲といい、欲が邪魔された時に怒りがわくと教えられます。欲も怒りも煩悩の中では代表的なものなので三毒の煩悩と言われることがわかりました。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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