因果の道理
運命をよくするにはどうしたらいいのだろうと考える人は多いと思います。風水や占いや神頼みをするなどは昔から運命をよくする行いだと信じられてきました。少しでも将来の不安を解消したいという願望は、古今東西のどんな人も抱えていた悩みだったと思います。
僕自身は学生時代、将来に対する不安から手相にハマった時期があります。しかし、手相をみて人生がよくなったわけではないし、一時的に安心するくらいでなんの効果もありませんでした。
仏教には幸せ(運命)の法則が教えられています。これを因果の道理といいます。
善因善果……善い行いは幸せになることができる。
悪因悪果……悪い行いは不幸になる。
自因自果……善いのも悪いのも自分の行いは自分に返ってくる。
この因果の道理こそ仏教があきらかにした運命のメカニズムです。
三つの行い
運命のメカニズムが因果の道理だということはあきらかになりました。その運命をひきおこす行いが三つあると仏教では教えられます。それは「心」と「口」と「身」の行いです。これを「身口意の三業」といいます。
身業……体でやる行い。
口業……口で言うこと。
意業……心で思うこと。
仏教ではこの三つの行いの中で、「意業」が一番重要だと教えられます。
そのことを例えであらわすと、火事で家が燃えているとします。心で思うことは火の元であり、口や体の行いは火の粉に当たります。火の粉は火の元から舞い上がっるように、口や体の行いは心で何を思うかで決まるからです。
だから仏教では行いの元になる心の動きを最も重視します。
善い行ないによって運命が変った、ある男性のエピソード
中国の明の時代に袁了凡という人がいました。袁了凡は科挙の試験を目指して勉強をしていました。しかし、なかなか合格できずに悩んでいました。
ある日、慈雲寺という寺で孔という老人に出会いました。孔老人は有名な易道を学んだ人で袁了凡を占ってくれました。その占いの結果はあまりいいものではありませんでした。しかし、それからの袁了凡の人生は孔老人の占いの通りなっていきました。そのせいで袁了凡は自分の人生に嫌気がさしてしまいました。
ある時、南京にある棲霞寺に住む雲谷禅師と会いました。そこで雲谷禅師から自分の運命を自らの意思と行動で切り開く教えを学びます。それを聞いた袁了凡は、自分の運命を変えるために”人知れずひそかに善”を積み重ねていきました。
人知れず善を積み重ねた結果、孔老人の占いはことごとく外れ、幸せな人生を送ることができました。
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