要約
仏教では優しさを慈悲という
慈(抜苦) 悲(与楽)
人間の一番崇高な慈悲とは母親が子供にかける慈悲
慈悲の心のない人 → 無慈悲
仏の慈悲とは人間が犯す悪業をほっとかない
人間の優しさ
→ 助けられないとき自分が苦しむ
→ 容姿 財産 性別によって差別してしまう
→ 自分にとって好きな人が苦しんでいると自分も苦しい
→ 自分にとって嫌いな人が苦しんでいたら何とも思わない
好きな人には慈悲の心が生まれるが嫌いな人には生まれない
→ 人間の慈悲には限界がある
聖道の慈悲というは、ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもうがごとくたすけとぐることきわめてありがたし。 (親鸞聖人)
感想
人間の優しさには限界がある。人によって差別してしまう。嫌いな人が苦しんでいても何とも思わない。確かにそうだ。自分にとって都合のいい人だけしか優しくできない。それに比べて仏の慈悲とは、すべての人を助けるという。老少善悪関係なく助けることができるといわれる。
恋愛するとき、他の人には優しくないけど自分にだけ特別優しい人が好きという女性は多いだろう。自分を一番大事にしてくれる人がいい。それは男性でも同じだ。人間の優しさとは好きな相手にしかできない。その優しさも、いつまで続くかわからない不安定なものだ。
人間の慈悲に比べると仏の慈悲とはあまりにも大きさが違う。仏の慈悲はすべての人に向けられているという。仏のすごさがわかった。
仏教を学ばないと人間の慈悲の限界は分からない。限界が分かったとき、仏の慈悲のすごさがわかる。
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