人生とは選択の連続

要約

執着があるから幸せになれない

執着 ⇄ こだわり 思い入れ

→  いい方の違い

信心 = 信じていること 力にしているもの

→  お金 地位 恋人 健康 容姿

信じているものに裏切られた時に苦しむ

何に執着するかが大事

→  人間が執着、こだわりをなくすことはできない

→  悪いものに執着しない

人生とは選択の連続 悪いことに執着していたら他のいい選択を逃してしまう

→  選択の岐路にたたされたとき人生の目的があれば選択に困らない

仏教には人生の目的が説かれている

感想

人生とは選択の連続だという。悪いことに執着していたらもう一つのよいことを逃してしまうことになる。しかし、選択した時点では悪いほうだと思っていたが、あとになってよかったと思うこともある。

僕自身は、高校を一度中退している。また別の高校に入りなおして最終学歴は高卒だが、高校生のときは自分のことが嫌いでしかたがなかった。友だちも作れないし、勉強も嫌いだったし病気になってしまったしで世界で一番不幸だと思っていた。自分で選択したはずの人生が嫌でしかたがなかった。自己否定感の強い人間だったが高校を卒業して、働きたいと思い社会に出てみると、たまたまいい人に巡り合うことができた。僕と親子ほど離れた人たちと仲良くなり、少しづつ、何年かかけて、人付き合いに慣れていくことができた。そこには7、8年お世話になったが自分の人生の基礎を学ぶことができたと思っている。高校生のときは自分の選択に後悔の気持が強かったが、あのときがあったから今があると思えば、あのときの選択も悪くなかったのかなと思う。

仏教では人生の目的が説かれているという。

自分の人生でいろんな選択をしてきたが、仏教という選択肢に巡り合えたことはとてもラッキーだったなと思う。自分の学んできたことがすべてつながるのが仏教だった。

そして仏教で教える人生の目的を成し遂げる、という選択を選んだ。

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