夫婦でも業が違うから分かり合えない

要約

業界  業によって運命は決まる

→  業 カルマ 行い どれも同じ意味

夫は夫の業界に住んでいる

→  会社の悩み苦しみ  妻には理解できない

妻は妻の業界に住んでいる

→  姑の悩み苦しみ  夫には理解できない

夫婦でも分かり合えない

恋愛しているときは分かり合えていた部分もあったが結婚してしばらくすると分かり合えない部分がでてくる

親は親の世界  子は子の世界

→  親は子供の気持ちが分からない

→  子供は親の気持ちが分からない

みんな一人ひとり世界が違う

→  共業  お互いが共通する世界もあるが基本的には世界が違う

業界 →  煩悩でつくった世界

   →  六道 迷界

六道からでることを出離という

感想

人それぞれ業が違うから住んでいる世界が違うという。だれ一人として同じ業の人はいない。好きで結婚した夫婦でさえ分かり合えないという。分かり合えないということを前提に関係を築くことが大事なのだはないだろうか。

僕自身は学生時代、今からに20年以上前、北野武監督の映画がまだそれほど世間に広まっていないときとても好きだったので周りの人にいい映画だとすすめてみたが、理解してくれる人はまったくいなかった。父親は映画好きだったのですすめてみたが、全否定された。とてもショックだった。そのとき、自分の好きなことは他人にとって好きにはならないんだなと痛感した。それ以来、自分が好きだと思うことでもあまり他人にすすめることはしなくなった。

分かってほしいことを分かってくれない。夫婦でも親子でも分かり合えない。

仏教では業が違うから住んでいる世界が違うと説かれる。確かにそうだなと納得がいく。分かってくれないことを責めてしまいがちだが、違う世界にいるのだから仕方がない。

分かり合えないけれど、否定したり、非難するのではなく少しでも分かってあげたいという気持ちが大事なのだと思う。

仏教で人に優しくすることを布施という。

仏教では人と人が分かり合えない原因をあきらかにしているところが面白い。しかし人と良好な関係を築く教えも説かれているから、奥が深い。

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