「なぜ自分だけがこんな目に遭うのだろう」
誰もが一度は、自分の運命について考えたことがあるのではないでしょうか。
人生には、努力が報われることもあれば、思いがけない不幸に見舞われることもあります。
では、運命は何によって決まるのでしょうか。
仏教は、この問いに対して明確な答えを示しています。
運命を知るには「原因」を知らなければならない
どんな結果にも、必ず原因はあります。
病気には病気になる原因があり、植物には種という原因があります。
運命についても同じです。
幸せになる原因、不幸せになる原因があるはずです。
つまり、
「果(結果)を見るだけではなく、その因(原因)を明らかにすること」
が、運命を理解する第一歩なのです。
仏教は、この運命の因果関係を明らかにした教えです。
因果の道理について詳しく書かれた本

仏教が説く「因果の法則」
仏教では、次の三つの法則が説かれています。
・善因善果(善い行いには善い結果が生じる)
・悪因悪果(悪い行いには悪い結果が生じる)
・自因自果(自分の行いの結果は自分が受ける)
これを総称して因果の道理といいます。
偶然や運任せで人生が決まるのではなく、自らの行いが未来を形づくっていくという教えです。
運命は占いで決まるのか
現代でも、多くの人が運命を知りたいと思っています。
そのため、
・占い
・神のお告げ
・霊
・悪魔
・邪気
・祟り
などによって運命を説明しようとする考え方があります。
しかし、これらは客観的に証明することが難しく、一般にオカルティズムと呼ばれる分野です。
「なぜ不幸になったのか」を目に見えない存在だけで説明しようとしても、本当の原因はわかりません。
仏教では運命の原因を「業(カルマ)」という
仏教では、運命を決める根本原因を業(ごう・カルマ)と教えます。
業とは、身・口・意による行いのことです。
つまり、
・善い業は幸福の原因となり
・悪い業は苦しみの原因となる、
と説かれています。
運命とは偶然ではなく、自らがつくった業の結果なのです。
仏教で教えられる三業について

なぜ自分の運命に納得できないのか
「真面目に生きているのに報われない」
「悪いことをしている人が成功している」
そう感じることは少なくありません。
人間の知恵だけでは、目の前の出来事だけを見て運命のすべてを理解することはできません。
だからこそ、
「運が悪かった」
「祟られている」
「霊のせいだ」
といった説明に引き寄せられることがあります。
しかし仏教では、運命は一時的な出来事だけで判断できるものではなく、長い因果の流れの中で生じるものと説かれています。
仏教は運命の法則を明らかにした教え
物理学は自然界の法則を明らかにしました。
医学は病気の原因を研究しています。
一方で、「なぜ人は幸せになるのか」「なぜ不幸になるのか」という運命の法則を体系的に説いたのが仏教です。
仏教は、人生を偶然や迷信で説明するのではなく業(カルマ)と因果の法則によって運命を明らかにしています。
まとめ
運命は、偶然や占いによって決まるものではありません。
仏教では、運命を生み出す原因を業(カルマ)と説き、
・善因善果
・悪因悪果
・自因自果
という因果の法則によって、幸福も不幸も生じることを明らかにしています。
「なぜ自分はこのような人生を歩んでいるのか」
その答えを知りたいと願う人にとって、仏教の因果の教えは、人生を見つめ直す大きな手がかりとなるでしょう。
運は偶然で決まるものではない

感想
自分の運命に関することは誰でも知りたいことだと思います。どうやったら幸せになり、不幸にならないようにするにはどうしたらいいか。その因果関係をあきらかにした哲学は聞いたことがありません。
仏教では運命は行いによって決まると説かれます。善いことをすれば幸せになり、悪いことをすれば不幸になる。善いこととは悪い奴を懲らしめることではなく、日常生活で実践できることをすすめられています。布施(親切)、持戒(言行一致)、忍辱(忍耐)、精進(努力)、禅定(反省)、智慧(修養)この六つを六度万行というがこれらの中で一つだけできればいいと教えられています。一つだけなら何かできそうな気がします。すぐに実践することが大事だと仏教では教えられています。
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