歩くだけで不調が消える 歩行禅のすすめ

当ページのリンクには広告が含まれています。

はじめに

「イライラせずに、心穏やかに過ごしたい」「心身ともに健康になって、充実した人生を送りたい」「もっと幸せになりたい」 これらは、人間誰しもが心に抱く願いです。しかし、「自分は満ち足りて幸せです」と断言できる人は、かなり少数なのではないでしょうか。世の中は、心がぐったりと疲れてしまうような物事であふれています。仕事に追われて心が消耗し、人間関係のストレスに悩み、ときには家庭でも不満が爆発することがあるでしょう。また、情報過多の現代ですから、各種メディアから流れてくる情報にイライラさせられることもあるかもしれません。人間の心は、イライラを感じれば感じるほど、イライラが増えるしくみになっています。ネガティブなことを思えば思うほどネガティブな心が増殖して、ますます幸せを感じられなくなるという、負の連鎖に陥ってしまうのです。不幸を遠ざけ、幸福度を高めるためには、イライラやムカムカ、不平不満や悩みなどで乱れた心を整えることが必要になります。断言しますが、ネガティブな闇を抱えたままの心に、幸せは決してやってこないのです。では、その「心を整える」ための方法とは? それが、本書のタイトルに掲げた「歩行禅」です。

本書の著者 塩沼亮潤 1968年、仙台市に生まれる。1987年、東北高校を卒業後、吉野の金峰山寺で出家得度。修行と研鑽の生活に入る。1991年、大峯百日回峰行万行。1999年、大峯千日回峰行万行。2000年、四無行万行。2006年、八千枚大護摩供万行。現在、仙台市秋保・慈眼寺住職。大峯千日回峰行大行満大阿闍梨。

現代は忙しく、世の中はどんどん複雑になり、心の潤いを失いがちな時代です。一日の中で心の針がマイナスのほうに振れる瞬間はたくさんあるでしょう。(中略)嫌な出来事があっても、それにとらわれず、いかにポジティブに「まあ、しょうがない」と切り替えて心の針を引き戻すか。この努力を続けていると、だんだんと、心の針がマイナスから真ん中へ、そして真ん中からプラスのほうへ振れてくるのです。「運がよくなる」などというと、少々怪しげに聞こえるかもしれませんが、この心のエクササイズによって運勢は確実に変わります。一日の中で嫌な事があると心が落ち込むことはよくある。夜眠るときまで頭に残っていて引きずることがある。そんなとき運が悪かったと思うことがある。しかし心の針がプラスのほうへ振れていれば、同じ嫌な事があったとしてもその捉え方は違ったものになる。嫌な事でも前向きに捉えることができれば運が悪かったとは思わないだろう。心のエクササイズで「運がよくなる」というのもうなずける。

本書で提唱する「歩行禅」は、千日回峰行にヒントを得て、歩行(ウォーキング)と座禅と瞑想を組み合わせたものです。(中略)歩いて、懺悔と感謝をし、座禅を組んで瞑想する。この一連の流れが、「心の針」をマイナスからプラスに向けるためのエクササイズ・プログラムとして最適なのです。このエクササイズを続け、心の針が常にプラスに振れるようになると、自然と運も良くなっていきます。(中略)心がポジティブになることが歩行禅の主作用だとしたら、副次的な作用として「運がよくなる」「人間関係がよくなる」「健康になる」といったメリットを挙げることもできるでしょう。ウォーキングをすることで心の針がマイナスからプラスに振れるということはよく感じる。心の針がプラスになることで不平不満が減り、自分は恵まれていると感じやすくなる。どんな状況であっても、心の針をプラスに振れることが大切だ。そのために「歩行禅」をする、あるいはウォーキングをするでもいいと思う。

ウォーキングを習慣化することにより、身体が健康になるだけでなく、精神にもよい影響が出てきます。歩くことで脳の血流もよくなりますから、頭の働きが活性化します。事実、昔の発明家は、歩きながら思考をめぐらせてアイデアをひねり出していたそうです。また、歩くことにより、幸福感をアップさせる働きのある「セロトニン」という脳内ホルモン(神経伝達物質)の分泌量が増えることもわかっています。歩くことは、身体にも脳にも、心にも多くの「いいこと」をもらたしてくれるというわけです。ウォーキングを習慣にすることでセロトニンが分泌されることは、多くの脳科学で証明されている。厳しい仏道修行で得られた歩くことの大切さは、ストレス社会の現代にとても役に立つ知恵となった。ウォーキング習慣と幸福度は密接に関わっていることがわかった。

本書では、千日回峰行という厳しい修業の末に得た知恵が惜しみなく披露されている。そこには歩行禅と心の針の関係が詳しく述べられている。今、すぐにでも実践したくなること間違いなし。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

コメント

コメントする

目次