本書では読者が、これなら自分でもやってみたいと思う善い行いを各項目に分けて、実践すべき事例も数多く取り上げてみました。こんなことでも善い行いになるのかと思うようなこと、あるいは自分自身の日常でもできる小さな善い行いについても取り上げました。具体的な善悪の事例を数値的に表した「功過格」や、毎日の功過のくわしい記載要領や数値等ついては拙著「こどもたちへ積善と陰徳のすすめ」をあわせて読んでいただくとさらに善い行いについて関心が深まると思っています。今回も小学生・中学生・高校生のみなさんにぜひ読んでいただきたいと思ってとりまとめてみました。皆さんが大きな善い行いを探すことよりも、一日一日、身近でできる小さな善い行いをいくつも積みかさねていくことを期待しています。

本書の著者 三浦尚司 昭和19(1944)年、福岡県豊前市に生まれる。昭和43(1968)年、中央大学法学部法律科卒業。平成16(2004)年、福岡県警察(地方警務官)を退官。
「陰隲録」は人知れず陰徳を重ねる、つまり善いおこないを人知れず積み重ねていくことにより、天命である寿命さえも変えることができること。さらには運命も良い運命に変えることができることを教えている。人知れず善い行いをすることで良い運命にすることができるという。この事実を知ったとき、僕自身自分の運命を変えられるかもしれないと、とてもワクワクした気持ちになった。大きな善い行いはなかなかできないから、小さな善い行いを心がけるようになった。仏教では善因善果、悪因悪果、自因自果と教えられる。善い行いをすれば善い運命になり、悪い行いをすれば悪い運命に、自分の行いが自分の運命を決める。中国の思想は仏教に通じるところがあり、とても面白い。
大谷翔平選手はアメリカのアナウンサーのインタビューに「なぜ落ちたゴミを拾うのですか?」という質問に、「誰かが捨てた運を拾っているんです」と答えたという話がある。運は待っていても得られるものではなく、運はみずから求めて得るものだということを教えてくれます。大谷選手のゴミを拾う姿というのは一時期とても話題になった。その姿を見てなんて真面目で誠実な人なんだろうと、心を打たれた人はたくさんいただろう。大谷選手はプレーだけでなく人間性でも多くの人をファンにした稀有な存在だ。仏教では優しさのことを布施という。優しい心は人に安らぎを与えることが出来る。布施はお釈迦様が教えられた幸せになる六つの行い、六度万行の筆頭に挙げられる善い行いだ。

「陰隲録」では、いんぎんにへりくだり、胸中にある悪しき心映えを洗い流し捨てること。つつしみ深く、ものごしが柔らかく、人をうやまい、何事においても気くばりが大事であると書かれている。これはようするに、常に謙虚に生きることが大事であるということだ。謙虚な人は人に対して誠実に、思いやりをもって接することができる。そういう人は、困ったときでも人からの助けを得られることができると思う。仏教では煩悩の一つに慢、うぬぼれ心があると教えられる。うぬぼれ心があるために、悩み苦しむことになる。うぬぼれ心に負けないように常に謙虚でありたい。
本書では「陰隲録」をもとに善い行いをすることの大切さが教えられている。日常生活では小さな善い行いを心がけ、自分の運命を良い運命に変えていくことができる。本書は仏教の根幹である因果の道理と合わせて学ぶと、より一層理解が深まると思う。
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