ありのままに、自分らしく生きる 岡本太郎の言葉

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岡本太郎は1911年、漫画家の岡本一平と小説家の岡本かの子の長男として生まれています。一平は朝日新聞で「漫画漫文」という独自のスタイルを確立することで。「宰相の名は知らぬが、一平の名は知っている」というほどの名声を博し、かの子も初期には歌人として、後期には作家として多くの作品を残しています。しかし、その私生活は「奇妙な夫婦生活」として知られ、岡本自身「私は『母親』というものをもったことがない寂しさを感じはする。しかしそれ以上に、深く『人間』『女性』と付き合ったような気がする」と母であるかの子のことを振り返っています。2人の芸術家の間に生まれた岡本が芸術の世界へ進んだのはごく自然なことと言えなくもありませんが、教師や仲間に迎合しない「スジを通した生き方」をするために小学校を3度も転校したり、順位付けを嫌う生きざまこそが「岡本太郎」という稀有な芸術家をつくり上げることにつながったのではないでしょうか。

本書の著者 岡本太郎 1911年、神奈川県出身。漫画家の父と歌人・小説家の母の長男として生まれる。1929年、東京美術学校に入学後半年で退学、父母の渡欧に同行して、1930年から10年間パリに滞在。数々の芸術運動に参加しつつ、パリ大学で哲学や民俗学を学び、ジョルジュ・バタイユらと親交を深める。

岡本は芸術家であると同時に執筆や講演など、マルチに活躍する人でした。理由は「うまかろうがまずかろうが、何でもやるべきだ。やらなければ本当の人間としての責任がもてない」であり、苦手であることには「恥じこそ前向きに、平気にかくべきである。それは人間的にふくらむ一番楽しいチャンスではないか」この言葉は新しいことへのチャレンジがなかなかできない僕自身にとても響く言葉だ。うまくいかなくて恥をかくことを嫌う人は多いと思うが、そんな気持ちを吹き飛ばすのがこの言葉だ。とても勇気づけられる言葉だ。

「こんなことを言ったら嫌われるんじゃないか」「こんな格好をしたらおかしな人と思われるんじゃないか」と人の評判が気になって、不安になり、思うように行動できない人がいます。岡本太郎によると「人によく思われようとか、ホメられようと思うから人の目が気になる。それは自分の目だ」だという。人によく思われたいという気持が強いとき、自分に自信が持てなくなるときがある。本当は言いたいことがあるのに、言わないでおこうかなと思ってしまう。嫌われてもいいからいいたいことをいうのは難しい。仏教では人間には煩悩があり煩悩の一つに欲があると教えられる。その欲の中に、名誉欲がある。人から認められたい、大事にされたい、嫌われたくないと思う欲だ。人の目をきにせず行動することが難しいのは欲を妨げらるからだ。

「できない言い訳は100ほどもある」という諺があるが、言い訳が多い人に対して岡本太郎は「人を納得させるためにさかんに言い繕うわけだけど、結局それは自分としては是非とも行動したいんだが、やむを得ない事情からどうしても諦めざるを得ないのだとの弁明を自分自身に言い聞かせているだけだ」という。新しいことをやりたいと思っても、初めの一歩をふみだすことができない。そんなとき自分に対して言い訳できるように出来ない理由を考えてしまう。本来ならできる理由を考えなければならないのに、できない理由ばかりあげてしまう。自分は弱い人間だと痛感する。しかし、それではいつまでたっても成長できないので、自分の心に負けないようにしなければならない。まずは小さな一歩をふみだすことをしていきたい。

本書では岡本太郎の哲学を学ぶことができる。その哲学は、いかに個人として自分を高めることができるか、についてが多いと思う。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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