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主演 ロイ・シャイダー
ロイ・シャイダー(1932年11月10日~2008年2月10日)は、アメリカ・ニュージャージー州出身の俳優。舞台で俳優活動を始め、映画『フレンチ・コネクション』(1971年)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、注目を集めた。
スティーヴン・スピルバーグ監督の『ジョーズ』(1975年)では、巨大な人食いザメに立ち向かう警察署長マーティン・ブロディを演じ、世界的に知られるようになる。その後も『マラソン マン』(1976年)、『ジョーズ2』(1978年)、『オール・ザット・ジャズ』(1979年)などに出演。『オール・ザット・ジャズ』ではアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。
あらすじ
アメリカの海辺の町アミティで、海水浴中の女性が何者かに襲われ、命を落とす事件が発生する。警察署長のマーティン・ブロディは、巨大なサメによる被害を疑い、海岸の閉鎖を求める。しかし、観光業への影響を懸念する町の関係者たちは、その判断に難色を示す。
やがて新たな被害が発生し、町は恐怖に包まれていく。ブロディは海洋学者のフーパー、サメ漁師のクイントとともに、人々の安全を守るため、巨大な人食いザメとの対決に乗り出す。
感想|ここからネタバレを含みます
サメの恐怖をさらに高める音楽の演出
映画『ジョーズ』で特に印象に残ったのは、海で泳いでいる人が巨大な人食いザメに襲われるシーンです。
いつサメが現れるかわからない緊張感があり、観ているだけでも恐怖を感じました。サメが近づいてくるだけでも十分に怖いのですが、そこに不気味な音楽が加わることで、恐怖がさらに大きくなります。
映像だけでなく、音楽によって観客の不安を高めていく演出が見事でした。スティーヴン・スピルバーグ監督の巧みな演出を感じられる場面です。
懸賞金に集まるハンターたちから感じたアメリカ文化
人食いザメを仕留めるために懸賞金がかけられ、それを目当てに大勢のハンターたちが集まってくる場面も印象的でした。
日本ではあまり見かけない光景なので、アメリカらしさを感じました。危険なサメを捕まえるために、懸賞金を目当てに人々が集まってくるという展開が興味深かったです。
こうした場面から、日本とアメリカの文化の違いについて考えさせられました。映画を通して異なる国の文化や価値観に触れられることも、映画鑑賞の面白さの一つだと思います。
クライマックスで感じた緊張と大きな安堵感
物語のクライマックスでは、警察署長のブロディと海洋学者のフーパーたちが、巨大な人食いザメとの命がけの戦いに挑みます。
次々と危険な状況に追い込まれ、最後まで目が離せませんでした。絶体絶命とも思える状況のなか、ブロディがついにサメを仕留めたときには、大きな安堵感を覚えました。
それまで積み重ねられてきた恐怖や緊張が、一気に解き放たれたように感じられました。
『ジョーズ』は、巨大なサメの恐ろしさだけでなく、音楽による緊張感や、人間が危機に立ち向かう姿も印象に残る映画でした。
映画『ジョーズ』を仏教の視点から考察|人間の欲と因果の道理
スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『ジョーズ』は、巨大な人食いザメの恐怖を描いた作品です。しかし、映画を観ていると、恐ろしいのはサメだけではなく、人間の欲や判断の誤りにもあると感じました。
今回は『ジョーズ』の印象的な場面を振り返りながら、仏教で教えられる「財欲」「自因自果」「殺生」「因果の道理」について考えてみたいと思います。
※ここから映画の結末を含むネタバレがあります。
財欲|お金への執着が判断を鈍らせる
映画の舞台となるアミティ島では、人食いザメによる被害が発生します。
警察署長のブロディは海岸を閉鎖しようとしますが、市長は観光客が減り、島の経済に悪影響が出ることを恐れて反対します。
人命を守ることが大切だとわかっていても、経済的な利益を優先してしまうのです。
仏教では、お金や財産を欲しがる心を「財欲」といいます。
欲とは、なければ欲しいと思い、手に入ればもっと欲しいと思う心です。人間の欲には際限がなく、どれほど満たされても次の欲が生まれてきます。
市長の判断を見ていると、お金への執着が人間の判断を鈍らせることがあるのだと感じました。
お金は生活するうえで必要ですが、それにとらわれすぎると、本当に大切なものを見失ってしまうのではないでしょうか。
自因自果|人のせいにする心を考える
映画では、子供がサメに襲われたことで、ブロディ署長が責任を問われる場面があります。
確かに、もっと強く海岸の閉鎖を求めていれば、被害を防げた可能性はあります。しかし、サメの危険性を知りながら海岸の利用を続けさせた町の判断にも問題があったと思います。
私は、この場面から仏教の「自因自果」という教えを思い出しました。
仏教では、自分の行いが自分の結果を生み出すと教えられます。これを自因自果といい、他人の行いが自分の結果を生み出すという「他因自果」は認められないと教えられます。
何か問題が起きたとき、私たちはつい他人を責めてしまいがちです。
しかし、他人の責任を追及するだけでなく、自分の行動に改善できるところはなかったかと振り返ることも大切ではないでしょうか。
映画の事故には複数の人の判断が関わっています。だからこそ、誰か一人を責めるのではなく、それぞれが自分の行動を省みる必要があると感じました。
殺生|生き物の命について考える
映画『ジョーズ』では、人間を襲う巨大なサメを退治しようとする人々の姿が描かれています。
仏教では、生き物の命を奪うことを「殺生」といい、罪であると教えられます。
殺生には、次の三通りがあると教えられます。
- 自殺: 自分の手で生き物を殺すこと。
- 他殺: 他人に依頼して生き物を殺させること。
- 随喜同業: 生き物が殺されるのを見て喜ぶこと。
いずれも重い罪であると教えられています。
映画では、人々の命を守るためにサメを退治しようとします。人命を守る必要性と、生き物の命を奪うことについて、考えさせられる場面です。
私たちは普段の生活でも、多くの生き物の命に支えられて生きています。
だからこそ、命を粗末にせず、生き物の命について考えることが大切なのだと思いました。
因果の道理|自分の行いを振り返る
物語のクライマックスでは、ブロディ署長が巨大なサメとの戦いで絶体絶命の危機に陥ります。
それでも最後まで諦めず、サメを仕留めて生き延びることができました。
この場面を観て、私は仏教の「因果の道理」について考えました。
仏教では、因果の道理を「善因善果」「悪因悪果」「自因自果」と教えられます。
善い行いは善い結果を生み、悪い行いは悪い結果を生み、自分の行いが自分の結果となって現れるという教えです。
ブロディが生き延びた理由を、過去の善い行いによるものだと断定することはできません。
しかし、危険な状況でも人々を守ろうと行動し、最後まで諦めなかった姿は印象に残りました。
私たちも日頃から自分の行いを振り返り、善い行いに努めることが大切なのではないでしょうか。
まとめ|『ジョーズ』から学んだ人間の生き方
『ジョーズ』は、人食いザメの恐怖だけでなく、人間の欲や責任、命の大切さについて考えさせられる映画でした。
市長の判断からは財欲の恐ろしさを、ブロディが責任を問われる場面からは自因自果について考えることができました。
また、サメとの戦いを通して殺生について考え、最後まで諦めないブロディの姿から、自分の行いを振り返ることの大切さを感じました。
映画を仏教の視点から観ることで、娯楽として楽しむだけでは気づかなかった人間の生き方について、考えるきっかけになりました。
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