人との「距離感」がわかる人、わかっていない人

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結婚式のとき、よく使われるスピーチにこんな言葉がある。「結婚前は両目を開きなさい。結婚したら片目をつぶりなさい」最近は結婚式も、かつてのようにお見合いというケースはなくなり、つきあっているうちにお互いに好意を抱いてゴールインするパターンも少なくない。だが、なんといっても圧倒的に多いのは、恋愛から結婚へと進展するケースだろう。恋愛中はアバタもエクボで、とかく相手を好意的に判断しがちだ。 だが、先のスピーチは、お互いにアツアツになっているからこそ、この期間にもっと冷静に、しっかり両目を開いて相手を見なさいというアドバイスなのだ。そして結婚したら、逆に「こんなはずではなかった」といった相手の欠点も見えてくるときがある。恋愛中には見えなかったボロがでてくるのだ。そんなときこそ、お互いに、少々の欠点はあるかもしれないが、それには目をつぶりなさい、片目で見てあげなさいという忠告なのである。この格言こそ、人間関係の距離感をはっきり表している。

本書の著者 川北義則 1935年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。文化部長、出版部長を歴任後、日本クリエート社を設立。生活経済評論家として、20代の若者からシニア世代まで、「人生を豊かに愉しく生きる」ためのさまざまな視点から著作執筆や、講演活動を行っている。

初対面の相手には、いい印象を持ってもらうに越したことはない。だが、あまりムキになる必要もない。「いい印象を残そう」と意識しすぎると、最初から相手との距離感を間違えてしまう。「人からうまく思われたいなら、自分のいいところを並べたてないことだ」と、パスカルは指摘している。初対面の段階では、あまり距離を近くしないほうがいい。最初から接近しないことだ。この言葉はとてもよくわかる。初対面であまり相手からグイグイこられると、どうしても引いてしまう。ゆっくりと時間をかけて仲良くなっていく方が、距離を縮めやすいと思う。しかし、これは一日だけの合コンのような場合そうはいっていられない状況もある。初対面で遠慮をしていたら自分のことをわかってもらえない。僕自身合コンに参加してみて、グイグイ迫らなければならないのに、それができなかった。つくづく自分には向いていないなと痛感した。でも社会人サークルなど長く関わっていく場合、ゆったりとした付き合いでいいと思っている。

フランスの哲学者モンテーニュは、「夫婦の仲というものは、あまり始終一緒にいると、かえって冷却する」と述べている。なぜ冷却するかといえば、長くいればお互いに油断してだらしなくなり、相手がそこにいることすら意識しなくなるからではないか。いつも自分中心で、そんな自分が相手にどう映っているのかという配慮がなくなる。ずうずうしく振る舞うようになった相手に幻滅するのは当然のことだ。長く続く人間関係、特に夫婦というのは同じ家に住み、四六時中一緒にいるから距離感はとても近い関係になる。近すぎるとかえって相手の欠点がよくみえることになる。するとケンカも増え一緒にいることが嫌になる。だからこそ距離が必要になってくる。それがわからないと結婚生活はとても辛いものになるだろう。

相手との距離は、こちらの思いだけでは決まらない。ひょんなことから、お互いが歩み寄ればグッと近づく。お互いが後ずされば大きく離れる。二者が同じ行動をしていれば、何も問題は起きない。くっつくときも別れるときも幸せだ。やっかいなのは、どちらかが歩み寄ろうとしているのに、一方が遠ざかろうとするとき。「人間というものは、互いに相手を苦しめ合うために創られたものなのである」ドストエフスキーは、作品の中でそう述べている。恋愛において、自分の好きな人とは仲よくなりたいから、近づこうとする。最初は相手も近づいてくれたが、何かの拍子に相手が遠ざかろうとすることがある。そんなとき、理由がわからないととても苦しい。自分の行動の何が悪かったのかを知りたいが、それをはっきりと言ってもらえない場合もある。あるいは相手に他に好きな人ができた場合もある。そんなとき、とても悲しくなり、相手を憎んでしまうこともある。距離感の難しさを痛感した、僕自身の実体験である。

本書にはさまざまな人間関係の距離感について書かれている。人と接するときには距離感というものがある、ということを知っておくだけで、人間関係を築きやすくなる。

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この記事を書いた人

1983年生まれです。
仏教を学んでよりよい人生をおくりたいです。
みなさん一緒に学びましょう。

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